第13話

 アオイを部屋に戻し、ケーブルを再接続し、三人分のコーヒーと共に椅子へ腰掛けた。アオイは外出の余韻に浸ることもなく、新しい本を読み始めている。


「およそ半年に及ぶ研究の末、アークライツ運用に関する目処が立った」


「喜ばしい事ですね」


「そうとも言えない。まず原材料として使われているトワイライトについてだ。君達は日本において最初に見つかった場所を知っているか」


「山梨県ですよね、詳しい位置までは知りませんが」


「北社市というところだ。そこには日本では珍しい土葬の墓地が存在する」


「それがなにか――」


 言いかけて、私は気がついた。隣を見る。ナルミも同じ答えに辿り着いたようだった。

 トワイライトが発見された場所。日本では北社市などごく一部の地域を除けば火葬が選ばれる。そしてスペイン、ポルトガル、アラブでは九割程が土葬を選ぶ。採掘場所は恐らく墓地とその周辺だ。

 なぜ墓地なのか、なぜ他の埋葬方法では駄目なのか。

 ナルミがかつて言っていたことを思い出す。


「石油みたいなもんなのかな」


 石油はプランクトンの死骸から生成されると言われている。彼らの死は余りにも小さいが、瞬く間に膨大な数を蓄積していく。ではその逆は? 巨大な死が年月をかけ、少しずつ蓄積していったとしたら。

 私達人類は現在、約八十二億人存在している。しかし歴史を遡れば、それを遥かに超える数の死体がこの地に還っている。

 エネルギーは死体から生成される。


「トワイライトの原料は人間の死体だ」


「そんな、墓地を掘り返したって言うんですか」


 ナルミが声を荒げる。コーヒーカップがぐらりと揺れるほどの衝撃がテーブルに伝わった。


「最初に発見した地質調査は、普通の土地を検査していた。しかしそこは遥か昔に墓所だった事がのちに発覚した。しかしその後は……」


 そもそもおかしな話だ。これまで発見されていなかった物質なのに、立て続けに各国で発掘されていたのだから。アメリカで発見され、検査された時点である程度の目安が付いていたのだ。もしかしたら人間の死体から出来ているかもしれないって。

 墓地を直接掘ることはできない。しかし私達は地上から見える景色しか見られない。地中深く掘り進む穴が、実は直角に曲がって隣の墓地の下を這っていたとしても誰も気付けない。人は見えるものにしか関心を抱かない。


「冒涜的だ、有り得ない」


「非道徳的ではあるが、やりようはある。今後は遺体の管理を国が直接行うようにするだろう。問題はトワイライトではない。アークライツだ」


「量産計画のことですか」


「そうだ。トワイライトが遺体から作られる以上、その数は有限だ。アークライツを電子機器のように無尽蔵に作ることはできない。よってトワイライトを再現した化学物質を目下開発中だ」


「実現可能なのですか」


「可能性は高い。しかし再現不可能な点がある。模倣の性質だ。流動的な素材は再現できてもこれは不可能だ。しかしアークライツを稼働させるには必要な要素と言える」


 よって。彼はまだ湯気の残るコーヒーを一気に飲み干し、ガラスの向こうに視線を移した。アオイは私達には目もくれず、文学の海に没頭している。


「彼女を使うことになるだろう。『模倣の模倣』をさせる事になる」

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