第5話
「以上です。まだ発展途上ではありますが、いかがでしょうか」
ドアのロックがかちりと鳴る。それが聞こえる程度には、この空間は静まり返っていた。
「まず、素直に称賛したい。正直言って上手くいくとは思っていなかった」
言い方からして、私にそんなに期待していなかったというのだろうか。なら何で私に押し付けたんだよ、と少しムカついた。それが顔に出てしまっていたのか、彼はすぐさま手を振って否定する。
「誰が担当しても成功は難しいと思っていた。君を過小評価していたわけではない」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。下げながら考える。誰が担当しても駄目だと思っていたのなら、私はいわば敗戦処理。一度実行はしたがうまく行きませんでした、そういう結果が欲しかっただけなのだ。
失敗すると分かっているものをやりたがる人なんていない。誰しも経歴書には輝かしい成功だけを書きたいだろうし、失敗の中にどんな美談があっても知りたがらない。
どんな結果になろうが従うしかない、そんな立場もキャリアも弱々しい奴に押し付けるしかない。故に私だったのだ。過小評価していたのではない、そもそも評価など存在しないのだ、私などは。
「その一方で、学習のカリキュラムに修整をしてもらいたい」
「と言いますと?」
「率直に言って今のコミュニケーションは既存のAIアシスタント、例えばオービットとそう変わらない。与えられた知識を繰り返し実行しているだけに過ぎない。抽象的な表現になってしまうが、あれにはまだ人間らしさというものが感じられない」
「人間らしさ、ですか……」
痛いところを突いてくる。そのとおりだ。彼女はまだ人間にはなれていない。オウムに言葉を覚えさせているのとそう変わらないのが現状だ。
「抽象的であるがゆえ、今すぐどうにか出来る問題だとは考えていない。実際、一定の進展は確認できたので上への進言もしやすくなる。今後はより長期的なスケジュールを組み、別途予算を用意する」
「えっ、予算?」
しかし彼の言葉は存外に明るかった。
「正式な辞令は明日以降となるが、君は新設となる『アークライツ研究班』へ転属となる。今後、トワイライトにより生成されたものはアークライツと呼称される。彼らに人間性を与え、量産計画へ導く事が君の使命となる」
「アーク、ライツ……」
直訳すれば、方舟の光。あるいは放電灯を表す。エクリプスは彼女の存在を希望の光、あるいは十九世紀の万博で注目を浴びた電光に擬えて呼ぶこととした。
それは私からすれば信じられないほどの期待値であり、本当に私のような者がそれに任命されて良いのかと不安になる。
だが上司はそんな私の不安を読み取ったのか、
「なお直属の上司はFF83225研究員となる。まずは彼と君の二人で始めてもらう」
少し早口で補足を添えた。
FF83225とはナルミの管理番号だ。彼も一緒に転属となるとは、エクリプスにしては驚くほど気の利いた人事異動だ。管理番号で呼ばせようとしていたくらいなのだから、社員への気遣いなんてこれっぽっちも無いと思っていた。
「では失礼する」
そして彼は笑顔ひとつ見せることなく、すたすたと部屋を去っていった。相変わらずよく分からない人だ。分からないが故に怖い。悪意も攻撃性も伴っていないけれど、身構えてしまう自分がいる。
「アークライツだって、アオイ。素敵な名前だと思わない?」
ガラス越しに微笑んでみせる。しかし彼女は、私を見つめはすれど笑いはしなかった。
今はまだ、数センチの透明な壁が私達を隔てている。
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