第十三話:ヴェラの幸せ
ウルフェードの家の庭には、〈
そんなわけで、今、ボクはコリーにお願いして、ロウガ君との
「シッ!」
「はっ!」
ボクの拳とコリーの拳が交錯する。顔面を狙った、一切手加減のない攻撃を互いに撃ちあっていた。当たるとかなり危険だが、〈
「ふっ!」
「じゃっ!」
息を飛ばし、拳と拳の応酬をつづける。あえて魔術は使わない、ボクの得意な炎魔術も、コリーの得意な肉体魔術も、全てを封印して純粋な肉弾戦を行っている。
なぜこんなことをしているのか。
答えはシンプル。ロウガ君との再戦に備えるためだ。彼は魔術が使えない。だったら、魔術を禁止しての訓練をした方が効率的だからだ。ボクの魔術だけで勝てるならこんなもの必要ないのだろうが、それは油断がすぎるというものだ。
「そこっ!」
コリーが鋭い右アッパーを放つ。それが見えた時には、すでにあごへとクリーンヒットした。意識を失う。膝から力が抜けて、身体が倒れようとする。
「大丈夫ですか? お嬢様」
倒れる前に、コリーが支えてくれた。その拍子に〈
「さすがに、純粋な肉弾戦では勝てないか……お見事だったよ、コリー」
「いえ、紙一重でした。ヴェラお嬢様は、本当にお強い」
コリーの賛辞は、おべっかではなさそうに感じた。彼女の格闘能力は高い。それは、ボクもよく理解している。だからこそ、嘘偽りのない評価ができるのだろう。
「ごめんね、忙しいのに付き合わせて」
「いえ、お嬢様の頼みですので」
わずかだがコリーが微笑む。普段は機械のように表情を動かさないので、大変にチャーミングだった。ギャップによる魅力か、今度ロウガ君相手に試してみよう。
「それに、ロウガ様への対策に、近距離での戦いを想定しておくというのは大変に理解できますので」
「ああ、やっぱり分かってたんだ」
隠していたつもりもなかったけどね。
「私め以外にも、大半の者は気づいておられますよ。お嬢様がロウガ様と戦うのだということを」
「ええ? 本当に?」
「ここのところ、態度があからさまでしたから」
穏やかに、コリーが笑みを深くする。彼女を和ませてしまうほどには、愉快な姿ということなのか。最近のボクの様子は。
「恥ずかしいな。そんなにソワソワしてたのかな」
「はい。餌を待つ飼い犬のようでした」
「餌、か。この場合、ロウガ君はボクの餌ってことになるかな?」
「あながち間違いとも言えないでしょうね。あの方ならば、あるいは、お嬢様の飢餓を満たせるかもしれません」
そんな風に言うってことは、コリーは察してるんだな。ボクがどんな理由で彼に熱を上げているのかを。
「どうしてそう思うの?」
「あの方の強さは、お嬢様にとって未知のものだからです」
「コリーから見て、彼はなにが強いと思うの?」
「精神力です」
ボクの疑問に、即座に答えを返した。
「どんな状況だろうと決して揺るがない心の
ドブネズミ食べたことあるらしいよ。思ったけど、口には出さなかった。彼との思い出を、他人に共有させるつもりはさらさらない。
「ふふ、ベタ褒めだ。でも取っちゃ駄目だよ、彼はボクのだからね」
「奪うつもりなど毛頭とございません。それに、ロウガ様はお嬢様のとなりにこそ相応しい。私ではできなかったことをあの方ならやってくれます」
「できなかったこと?」
「私では、お嬢様のよきライバルとはなりえません」
コリーの言葉尻からは、寂しさのようなものを感じた。そうか、ボクは、彼女に寂しい思いをさせていたのか。
「ごめんね、色々と面倒かけて」
「面倒だなんて、一度も思ったことはありません。ヴェラお嬢様の幸せは、私の幸せです。ロウガ様を手に入れることでお嬢様の望みが叶うなら、すべて問題ないのです」
幸せ、幸せか。コリーはボクの幸せを望んでいる。はっきりと、口に出してくれた。
「ありがとう、コリー。勝つよ、ボクは」
それが、ボクの幸せだから。
「コリー、続きをやろう。次は武器ありで頼むよ。以前、ロウガ君は棒を使っていたから、同じようにしてほしい」
「かしこまりました」
「万全にしておきたいんだ、勝つために」
きっと、以前のような戦いにはならないだろう。ボクの戦い方を想定したうえで戦いに臨むはずだ。そうなると接近戦は避けられないだろう。殴り勝つことも視野に入れなければならない。
ああ、本当に、久しぶりだな。
自らの肉体を使っての戦いなど、久しく想定していなかった。今まで、ほとんどの戦いを初手に大火力を放って終わらせていたから。そうして、相手の心は折れていった。
けど、ロウガ君は違う。
きっと彼とは激しくぶつかる。そんな予感がある。
その時が、あまりにも楽しみだ。
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