第六話:そしてデートへ誘うことにした


「いやぁ、楽しそうだねぇ! ロウガ!」


「うるせぇやい」


「この前の男子寮でのやつ、すげぇ噂になってるぞ!」


「聞きたくない……」


 この学園における秘境ともいえる、人の気配が少ない場所、体育館裏にて話を広げる僕とサヌルボウ。カラカラ笑う彼とは対象的に、僕の気分は沈んでいた。とにもかくにも、ヴェラさんとの血闘デュエルからの告白以来、気の休まる時がないのだ。休み時間で友人と話をするのでさえ、学園でも人目につかないような場所を選ばなければならい。だから体育館裏にいる。


「それより、頼んでたの、調べてきてくれた?」


「バッチリだ。ありとあらゆるツテから、引っ張ってきたぜ。俺は、お前と違って友人が多いからな」


 ニヒヒとほくそ笑んで、サヌルボウが懐から小さいノートを取り出す。一言余計なんだが、まぁそこはスルーしておく。


「……調べた限りだが、ヴェラ=ウルフェードに、過去、恋人ができたことはない」


 ノートをパラパラめくりながらサヌルボウが言った。そう、僕が彼に依頼した調査は、ヴェラさんの恋愛遍歴だ。


「一応、周りからは幼馴染であるユウノ=ジュンナーとくっつくんじゃないかって噂されていたようだが……」


「ヴェラさんはそのつもりがなかったと……しかし意外だ。勝手なイメージだが、貴族の娘は結婚相手なんて親から決められるものだから、自由恋愛なんてできないもんかと」


「政略結婚も、やらなくていいならやる必要ないからな。ウルフェード家ほどの名家なら血眼になって家同士を繋げなくていいんだろ。ヴェラには兄弟姉妹も多いからそっちがやるって判断なのかもしれんし」


 なるほど、ヴェラさんはそういう意味でも恵まれてるんだな。


「話を戻すけど、他に恋愛関係で目立ったことない? 誰かに片想いしてたとか」


「ないな。逆に、ヴェラを狙う男は星の数ほどいたが、だいたい玉砕してる」


「そんな高嶺の花が、どことも知れない男に熱を上げていると」


「摩訶不思議だねい」


 本当にその通りだ。意味が分からない。ヴェラさんなら男を選び放題の立場だ。はっきり言って、僕を選ぶ理由がない。先日の血闘デュエルで何かが琴線に触れたんだろうが……こっちが勝ったならとにかく、負けたのに、なんで?


「ところでよ? ……お前、結局、ヴェラと付き合うのか?」


 思案を巡らせてるところ、サヌルボウが神妙に聞いてきた。


「今はしないよ」


 そして、即座に返した。


「今は?」


「正直な話、ヴェラさんほどの美女に言い寄られて悪い気はしない。恋人になれるなら、大変だけど幸せだろうなって本気で思うよ」


「ならどうしてそうしねーんだ?」


「負けたくないからに決まってるだろ」


 僕にとっては当然の摂理だ。


「いや、負けたくないって……」


「言っておくが大真面目だよ。今の状態で彼女と恋人となったとする。そうなると、以降、全ての行動が彼女にイニシアティブを取られてしまうんだ。よく言うだろう? 『恋愛は惚れた方の負けだ』って」


「惚れてるのは向こうだろうが」


「だからこそ、こっちを惚れさせようとしてるんだよ。ありとあらゆる手を使ってね」


 ヴェラさんの、あの異様な行動の数々もようするにそういうこと。『ヴェラ=ウルフェードの多大な愛を受けたことによって籠絡されたロウガ=ジーン』という構図を求めているのだ。彼女は狙ってやっていると、僕は信じている。


「そうか、冷静に考えたら……ただ恋人になるだけなら、あんなクッソ強引なアプローチをする必要はないなぁ」


「というか、恋愛の駆け引きとしてはあまりよろしくない。だけど、ヴェラさんが使うから武器になる」


「あぁ、今の状態で恋人になったら、『ヴェラのおっぱいには勝てなかったよ』というイメージにしかならんということか」


「……下世話すぎるたとえだけどそういうこと。そうなると、どっちが勝者に見える?」


「間違いなくヴェラだな」


 うんうんとうなずくサヌルボゥ。理解してくれたようだ。と思ったら、次の瞬間には疑問符を浮かばせながら眉をひそめた。


「ちょっと待て、そもそもの話、ヴェラはどうしてお前にそこまで固執するんだ?」


 その疑問はもっとも。

 さっきも言ったが、恋人になるだけだったら剛腕にすぎるアプローチは必要ないし、むしろやめた方がよい。なのにあえてそれをするということは、ただ恋人になるだけじゃ足りないということだ。心を屈服させてから、僕という男を手に入れる。それがヴェラ=ウルフェードの目的だろうとにらんでいる。

 理解できないくらいにご執心だ。そこまでする必要があるのか。あの、ヴェラさんが、なにもかもを与えられた、ヴェラ=ウルフェードが。


「分からない。だからこそ、君に過去の恋愛事情を調べてもらった」


「で、なにか分かったか?」


「なにも。予測だけでもできたなら、打てる手は広がったんだがね」


 髪をかいてため息を吐く。サヌルボゥには悪いが、思った以上に収穫がなかった。


「まっ、だからといって、このままなすがままにされるつもりは毛頭とない。こちらからも動かなければ、それこそ『彼女のおっぱいに負ける』」


「くっ、はははは! じゃあどうすんだよ?」


 サヌルボゥはどこまでも愉しそうだ。他人事だと思ってからに。


「相手のことを知るために、手っ取り早い方法がある」


「なんだ?」


「デートさ」


 はっきりと僕は言い放った。


「僕は、彼女にデートを申しこむ」

 

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