第三話:友諠を結ぶ
国立シンドヴァルト冒険者学園に入学して一週間が過ぎた。新入生・ロウガ=ジーンとして、まだ学園生活における序の口を過ごしただけだが、それだけでもこの学園のすごさをひしひしと感じるばかりであった。至れり尽くせりという言葉がピッタリなのである。
それを特に感じるのが食事だ。だだっ広い食堂、その中央では色とりどりの料理がところ狭しと並べられている。いわゆるビュッフェ形式を採用しており、生徒は好きな料理を好きな量を食べることが可能。しかも、シェフが常に調理しているので出来たてほやほやのものを食べることが出来るのだ。
そしてまたメニューが素晴らしい。
「コカトリスの胸肉ソテー、ルビートマトとエメラルドキャベツのサラダ、フルーツドリアードのゼリー、オブール豆とガラムサーディンのスープ」
トレーに載せた料理の内容をさらっと確認する。そのどれもが食欲をそそる色合いとにおいだ。ただ、それ以上に栄養素に僕は着目した。
身体を作り、健康に保つための栄養素がバランスよく含まれている。これ以外に並べられたメニューも栄養価には目を見張るものがあった。何より、コカトリス等、ダンジョンに棲息する魔物を材料としたメニューが多い。
鶏や牛、野菜等と違い、魔物は牧畜や農業で安定した供給が出来ない。ダンジョンに潜って直接手に入れるしかないのだ。その分だけ貴重で高価なのである。しかも、高価な分美味しくて栄養豊富。はっきり言って、学生の昼食に消費してよい代物ではない。
この学園が、本気で国の宝となる冒険者を育てようとしているのが伝わってくる。
(ここが国立の学園でよかったよ……)
でなければ、どんだけの負担を実家にかけていたのか想像もつかない。国がお金を出してくれるからか、ここで学ぶのにそこまでお金はかからないのである。
「……相変わらず
スープを飲む。濃すぎず、薄すぎない、ちょうどよいくらいに塩味が効いたスープだ。口内で踊る豆を
「ああ……いいな」
食事の時は、どうしても身体がゆるんでしまう。美味い料理であるならなおさらだ。僕としては常に気を張りつめていたいのだが、そうもいかない時もあるってもの。まぁ、休みは休みで必要だ。
それに、独りでいるのならゆるんでも問題はないだろう。誰かに隙をさらすわけでもない。孤独にグルメを楽しむのならば、邪魔をされずにゆっくりと……。
「よう、ずいぶん美味しそうに食べるね」
なんて、さすがに油断していた。気配を感じないまま誰かが近づくことを許してしまったようだ。
「一緒の席、いいかい?」
「はい、大丈夫ですよ」
内心の警戒を隠しながら、人当たりのよい笑みを作る。そうしながら、僕は声をかけてきた男を観察した。
浅緑の肌、やや
「突然悪いね」
「いえいえ、たまには誰かと一緒の食事もいいかなと」
「基本的に独りでいるもんな、君」
「なるほど、僕のことをよく見てるようで」
「そりゃそうさ、一般コース合格者ってのは本当にすごいからな……ずっと注目してたんだよ、ロウガ=ジーン君」
へぇ、すごいと評価するのか、この男。
「……ロウガでいいですよ。あなたは?」
「サヌルボウ=ギィールだ。こっちもサヌルボウでいいぞ。あと、もっとくだけて接してくれても構わんよ」
ニカッと、爽やかな笑みを向けてくれる。ここまでの親愛をくれるのはこの学校に来てから初めてだ。ありがたい限りだとは思う。
思う……んだが。
「それなら遠慮なく。で、サヌルボウ、早速だけど単刀直入に聞いていい?」
「いいぞ、なんでも聞いてくれ」
サヌルボウが骨つき肉にかぶりつきながら返す。ちなみに、その肉もマッドボアという魔物の肉を焼いて作られたものである。
「なにが目的?」
あくまで笑顔を崩さず、僕は聞いた。ただし、そこに少々の殺気をこめて。
いや、さすがに怪しいのだ。この学園で僕のことを高く評価している、その事実があまりに不気味だ。
入学してからこっち、学園内における僕の扱いは端的に言うと空気だった。どいつもこいつも僕のことを見向きもしない、興味もない。しょせんは
なのに、この男は、突然僕に近づいては
「さすがだねぇ」
サヌルボウが笑う。しかし、今度はさっきまでのような人懐こいものではない。獰猛で、狡猾な、野性味あふれるものへと変化していた。
「さすが、あのクソたっぷりな一般コースを受験して合格しただけのことはあるよ。最高だね」
「お褒めにあずかり光栄至極。で、答えは?」
「そっちが単刀直入に聞いたんなら、こっちも単刀直入に言おう。ロウガ、あんたに賭けたいのさ」
「賭け?」
「別の言い方をすると、投資だな」
投資……額面通りに受け取るなら、僕に金を投げて利益を得るということか。
「なに、お金くれんの?」
「金以外でもいいぞ。ようするに、恩を売っておきたいんだこっちは」
「……どうしてそんなことを?」
「俺は商家の三男坊でね。冒険者学園に通っている以上、将来の目標は冒険者だが、同時に商人でもありたいのさ。ってなると、友人関係にも出来る限りの商機を見出したいってのが理由。将来有望なのと早い内からコネクションを築いておけば、それが回り回って金になる」
「はは、すごいね。そんな生臭いこと、ハッキリ言っちゃうんだ」
「そっちの方が好みだろ? 違うかい?」
怖っ。直感が危険信号を鳴らしてしまうほどの、空恐ろしさを感じる。なにが怖いって……この男、僕の性質を結構なところまで見抜いている。それが、たまらなく怖い。大して接点もない、というか、まともに話したのも今回が初めてだというのに。
「……まいったね、実際その通りだ」
そして、怖い以上に好ましい。わずかに会話を交わしただけというのに、心を許しかけている。人たらしという言葉は、こういう男のためにあるのだろう。
まったく、なーにが、『切磋琢磨する価値あんのか?』だよ。自分の視野の狭さに恥入るしかない。ヴェラ=ウルフェードの他にも、こんなに恐ろしい男がいるじゃないか。こんな簡単に人の心に踏み入ってこれる奴がいる、本当に恐ろしいことだ。
「投資とは言うが、僕が利益を出すとは限らないよ?」
「そんなの当たり前だろうが」
「僕に恩を売ったとして、それが無駄になっていいと?」
「それが投資だ。リスクを取らなければ利益を出すことは不可能。無駄になったらその時はその時だ」
「なるほどね……それを聞いた上で確認なんだけどさ?」
「なんだ?」
「『ヴェラ=ウルフェードに勝つ』って言ったら、手伝ってくれる?」
「当然」
即座にサヌルボウが返した。
「ただし、俺がやるのはあくまで支援だ。ロウガ、お前はお前自身の力でヴェラに勝ってもらう」
「無論、そのつもり」
「頼むぜ。ヴェラに勝てば一躍注目の的だ。学園中がお前に目を向ける。出世コースに乗れるんだ」
「で、君がそのおこぼれにあやかれると」
「その通り!」
高笑いを飛ばし、サヌルボウはコップに入っていたドリンクを飲み干した。ゴブリンは大体の物語で強欲で貪欲な悪役として描かれることが多い。その様子はまさにそんなイメージのど真ん中を行っていた。
「いずれ、僕は彼女に
「ほほう、いいじゃねーか」
「しかし、無策で挑むなんて無謀なことは出来ない。彼女のことを知りたい」
「なるほど、俺が知ってる限りであの女の情報を提供すればいいんだな?」
「話が早い」
ありがたい話だ。自分だけで情報を集めるよりは、他人からの協力もあった方が効率は良い。腹に一物ありそうな男とはいえ、協力者は協力者だ。それは素直に喜ばしい。
「しかし、ヴェラは本当に強いぞ。勝てるのか?」
「やってやれないことはないさ。それに今の状況は僕にとってかなり都合が良いからね」
「……ほう?」
「冷静に考えて、ヴェラさんが僕のことを知ってると思う?」
「……ああ、なるほどね」
どうやら、僕の言わんとしていることをサヌルボウは理解してくれたようだ。
「ありがたいことに、僕の扱いは今のとこ空気だ。空気は見えない。見えないなら、相当なヘマをしない限り自由に動ける。よって、情報は集め放題だ」
「んで、それが集め終わったらしかるべきタイミングで勝負をかけるってわけだ」
「しかも仕掛けるタイミングはこちらで自由に選べる。なんと言っても、相手は僕のことを気にしていないからね」
そう、実のところ、いわゆるぼっちな僕だが、置かれている状況に悲観なんてしていない。むしろ、周囲から孤立してることを喜ばしいとすら思っていた。この状況だからこそ、打てる手があるのだから。
っていうか、それがあってわざと自分で存在感を消しているところもある。下手したら、僕がいることすら気づかない人もいるんじゃないかと。それくらいには空気に徹することが出来てる自負はある。そんな中で見つけ出したサヌルボウはさすがだが。
とにかく、最終的に、僕は自らの強さを証明出来ればいい。そのための目標として、まずはヴェラ=ウルフェードに勝つ。そのためにはあらゆるものを利用する。友人がいないとか、全く気にならないのだ。
とはいえ、まぁ、今回めでたく(?)友人ゼロという事態からは抜け出したようだが。
「ふふ、嬉しいよ。まさか、この学園で
いつの間にか食事も進んでいたのか、最後の一切れとなったコカトリスの肉を僕は口に運んだ。あっさりとした肉の旨味が口内に広がっていく。肉自体もすごく柔らかく、食べ応えがある。本当に美味い。しかし、今日のは格段に美味い気がする。
「ずいぶん含みがある言い方じゃないか?」
「手を取りあって仲良しこよしな友より、色々と含みがある関係の方が好みだろう?」
「違いない」
「これからよろしく頼むよ、サヌルボウ。少しでも長く、良好な友人でいたいね」
「そうだな、頑張ろうぜ互いにな」
互いに唇の端を上げて、握手を交わす。サヌルボウの手は、小さいながら、想像以上にゴツゴツとして岩のようだった。なるほど、冒険者でもあり、商人でもありたいという目標は嘘偽りではないらしい。
この男と
そんなわけで、晴れて友人第一号が出来た僕の学園生活。しかし、浮かれポンチな気分でいたことを後悔してしまうようなことが、その後すぐに訪れてしまったのだが。
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