第二話:入学と出会い
うららかな春の日。出会いと別れの季節の中で、国立シンドヴァルト冒険者学園高等部は入学式を迎えた。入学式の会場となった体育館は、初々しい新入生(とその関係者)でいっぱいになっている。白を基調とした、清涼感のある学制服に身を包んだ新入生達が並ぶその中に……僕も混じっていた。ロウガ=ジーン、この春よりシンドヴァルト冒険者学園の生徒になりましたとさ。
『これより、第八十五回国立シンドヴァルト冒険者学園高等部の入学式を始めます』
「いや、受かってんのかよ」
反射的に僕はツッコんでしまった。試験の時に生意気な態度をとってしまったから、合格になるとは思わなかった。というか、いいのか? 反抗的な人間を入学させても。妙なアウェー感というか、いたたまれなさをひしひし感じている。
『ええ、栄光ある我がシンドヴァルト冒険者学園の入学式も、ついに八十五回を迎え……』
頭のハゲたお爺さん……校長先生が、マイクに向かってありがたーい言葉を述べている。マイクには風魔術の力がこめられているせいか、校長生徒の声をクリアな音質で会場内に響きわたらせていた。俗に言う、
(すげぇな、めっちゃ声が通ってる。マイク一つですら金かかってんのな)
魔術器具自体はこの世界にありふれている。だが、この学園にあるそれらは、素人目に見ても最高品質だ。そこかしこに金がかけられている。さすがは、国内、いや、世界最高峰の冒険者学園と言ったところか。
ちら、と目配せをしながら、僕は周りの生徒達を観察してみる。見た目の雰囲気だけで分かるほど、ほとんどの生徒から育ちの良さを感じた。おそらく、家庭環境が大体は上の上、悪くても上の下な者達なのだろう。上流階級とは無縁な僕とは、明らかにまとっているものが違う。良く言えば品があり、悪く言えば覇気がなかった。
(あのゼインとかいう人も、まぁ、明らかにヌルい感じだったもんなぁ……)
最高峰の冒険者育成機関がこんなのでいいのかと、正直僕は落胆している。言っちゃなんだが、新入生で勝てなさそうだなと思えるような生徒が少ない。ざっと見た感じではだが。
たしかに、この学園に集まっているのは、才能あふれる金の卵なのだろう。金の卵は壊したら損失が計りしれない。温室でぬくぬくと育てるのが一番。たぶん、ここにいる新入生のほとんどはそんな扱いを受けてきたのだ。
『この学園のモットーは、【切磋琢磨】です。新入生の諸君には、ぜひとも、互いにぶつかり、研鑽しながら、国の宝である優秀な冒険者に……』
(言っては何だが、切磋琢磨する価値あんのか?)
実技試験の光景が思い浮かぶ。実技試験の試験官を務めたゼインは、こちらを完全に見くびって、なめくさっていた。
ちら、と僕は再び周囲を観察する。誰彼もが、誇りと自信を隠そうとしていない。まぁ、そりゃそうか。今まで多くの優秀な冒険者を送りだしてきた、シンドヴァルト冒険者学園。その門をくぐることを許された、いわばエリートなのだから。それ自体は、まぁ、いいよ。
(けど、こいつら……こいつらに、本当に、才能があんのか?)
特別コースの合格者にしろ、普通コースの合格者にしろ、ここにいる学生は、全員、学園側が才能ありと認めた人材。魔素なのか、それとも他の何かか……とにかく、秀でたものがあるから、ここにいるんだろう。
けど、僕は……僕は……俺は……。
「負ける気がしない」
ここにいるやつらに負けない、負けたくない。
こんな、本気で強くなることを目指してないような連中に、僕は、俺は……。
『続いては、新入生代表として、ヴェラ=ウルフェードさんより挨拶がございます。ウルフェードさん、壇上までお越しください』
いつの間にか、校長先生の言葉が終わっていた。新入生代表による挨拶が始まる。大した興味を持てなかったが、一応、視線を壇上に向けた。
――一瞬で、僕の目が釘付けになった。
『
耳がとろけるような、麗しいハスキーボイスが、マイクを通して響きわたる。壇上で挨拶を述べる新入生代表の生徒――ヴェラ=ウルフェードさんは、とんでもない美少女だった。
「ああ、あれが……」
「あの人が……」
「ヴェラ=ウルフェードさんか……」
「きれい……かっこいい……」
ざわざわと、周りが彼女の話題を口にしている。有名人なのだろうか? たしかに、目が覚めるほどに美しい少女だ。
ボブカットにした赤い髪はウェーブがかかっていて、炎を思わせる。整った輪郭、切れ長の瞳、シャープな唇……顔のパーツはどれこれもが美麗な彫像と見紛うほど。中性的というか、女と男、二つの性別が備える華やかな部分をそれぞれ抜きとって、高いバランスで融合させているような顔つきだ。遠巻きに見ても分かるほど。近くでならどれだけのものを目に入れることになるだろうか。
『これからの学園生活、勉学はもちろんのこと、モットーである切磋琢磨を胸に様々な活動を……』
ヴェラさんのたたずまいは、どこまでも威風堂々としていた。尊大、なれど、そこに嫌味な部分が毛ほどもない。爽快に感じる。
「はは、何だよ……」
いるじゃないか、勝てそうにないと思えるほどに、強いのが。僕は、無意識に唇の端を吊り上げていた。全身がチリチリと焼かれるように、熱い。
ヴェラさんは美しいだけじゃない、強い。いや、強いからこそ、その美しさに磨きがかかっているのだ。僕はそう見立てた。
ヴェラさんの美しさは、生来のものもあるのだろう。だが、そこには、間違いなく、不断の努力によってできあがったものも確実に存在しているのだ。
『本日は誠にありがとうございました。新入生代表、ヴェラ=ウルフェード』
ヴェラさんの挨拶が終わる。会場から拍手が鳴り響いた。僕も、手を叩く。彼女の姿を、曇りなき想いで称える。
素晴らしい。あれほどの人がいるのか。僕が愚かだった。ヴェラさんがいるのに、僕はこの学園を見下そうとしていたのか、何て浅ましいんだ。
強く強く、拳を握る。己の底の浅さに、死にたくなるほどの悔しさがこみ上げた。見えない槍が心臓を貫き、心を痛めつける。その槍は、自分自身を律するための、強烈な自制心。
「ヴェラ=ウルフェード……覚えたよ」
僕は、強くなる。強くなりたい。誰よりも、だ。ならば、あの人は決して避けて通れない。脳によぎる予感を、僕は少しも疑わなかった。
ヴェラさんが壇上より降りてくる。歩く姿ですら、華やかだった。常にきらびやかな光をまとっているような人だ。彼女は星。星でありながら、真昼間であろうと強烈な輝きを放っている。
僕は、手を伸ばしたくなる衝動を、ぐっとこらえた。手を届かせるのは、今じゃない。だが、いずれ、必ず。決意が頭に深く食いこんだ。
そうこうしていく内に、入学式は、滞りなく進んで終わった。
△△△
水魔術の力で、キンキンに冷えた魔術器具の水筒を口につける。中に入っているレモネードが、のどを爽やかに潤してくれた。ボクことヴェラ=ウルフェードは、これが大好きなのだ。のどを通ったあと、レモンの香りが鼻に抜けるのがもうたまらない。
所属することになったクラスである『1-A』、その教室内。黒板に向かい合うように長机と長椅子が、縦四つ横五つで配置してある。その最前列に居座り、ボクは水分補給に勤しんでいた。これから新入生へ向けたオリエンテーションが始まるが、今はまだ休み時間だ。
「ヴェラ、素晴らしい挨拶だった。感動で心が震えたよ」
「ふふ、ありがとう。さすがにボクも緊張していたんだけど、その反応を見る限り、上手くやれたようだね」
「上手くやれただなんて……完璧だったに決まってるじゃないか。やはり君は素晴らしい、創世神リクシオンがこの世に遣わしてくれた女神だ」
となりの席に座っているボクの幼馴染、ユウノ=ジュンナーが手放しにボクを褒めそやす。自他ともに認める彼の甘いマスクから出てくる甘ったるすぎる言葉を、ボクは素直に受け取った。称賛されるのは、気分が良い。
「しかし、私達は運が良い。シンドヴァルト学園、その高等部の学園生活を、君と同じクラスで迎えることが出来るのだから」
「中等部からいつも同じクラスだったじゃないか。いい加減飽きてるんじゃないかい?」
「君と過ごせる学園生活だぞ? 飽きるわけないじゃないか」
ユウノの口から、流れるように歯の浮くようなセリフが出てくる。並大抵の男なら痛々しい目で見られそうなくさいセリフの数々も、彼が言うなら
(ボクの方は飽きてるけどね)
そんなユウノには悪いが、内心は彼の言葉と真逆のものだった。
入学式が終わり、クラス分けされた自分の教室へ入った時、クラスメイトの大半は自分の見知った顔だった。正直、変化の少なさに辟易した。ユウノを初めとして、皆、ボクと同じクラスになれたことを喜んでいたから、そんな内心は奥底に押し留めているのだが。
高等部の生徒は、半数以上が中等部からそのまま上がってくる者達だ。試験に合格して入学出来る人物はそこまで多くはない。ボクは中等部からここで学んでいるので、見知った顔が多くなるのもそれは仕方ないことではある。
シンドヴァルト冒険者学園のスカウト力はすさまじい。全国各地から冒険者の卵達に目を光らせては、ありとあらゆる情報を集めてくる。そして、お眼鏡に叶った金の卵にはすぐに接触。特別コースへの受験……という名の出来レースを経た後、学園の生徒として招待するのだ。ボクもそのようにしてここへ入学した。まぁ、つまるところ、中等部へのスカウティングが完了した時点で、学校側が欲しい生徒はあらかたそろってしまうのだ。事実、今年も、高等部からの特別コース合格者は少ないという話だ。
「つまらないな」
ユウノに聞こえないよう細心の注意を払いながら、ボクは小さくつぶやいた。
変わらない、変わらないのだ。周りにいる人間の顔ぶれが変わらない。ボクのことを知っている者達ばかりだ。
(つまらない……ああ、高等部になっても、結局、ボクはつまらない想いを抱えるのか)
レモネードを再度口に流しこむ。そうしておけば、ボクの顔を水筒で隠すことが出来るから。明らかに気のない表情をしているだろう自覚がある。それが傲慢な心持ちだということも分かってる。それでも、つまらないものはつまらない。
自分で言うのもなんだが……ボクは恵まれている。
まず、才能。十年に一度の逸材と呼ばれ続けて、耳にタコが出来た。
次に、環境。ボクの実家は太い。この国の歴史に残る伝説の英雄、ヴォルフ=ウルフェードを祖に持つ歴史ある名家。それがボクの家。金も名誉もあったものだから、何不自由なく欲しいものは与えられた。
そして、人脈。家族はボクに惜しみない愛情を注いでくれる。それでいて、ただ甘やかすことはせずに、しつけるべきところはきちんとしつけてくれた。ユウノを始めとした友人も皆、ボクに大きな信頼と親愛を向けてくれている。それ以外の交友関係においても、一切の不服はないと断言出来る。
そう、あまりにも、恵まれている、恵まれすぎている。だからこそ――つまらない。
再度、水筒を口につける。何度水分を与えても、身体は渇きを訴えている。そんな気がした。
(変わってほしい)
この渇きを潤してくれるような変化。ボクはそれが欲しい。
「そう言えば……」
ふと、思い出す。
「ねぇ、ユウノ。たしか、今年は一般コースからの合格者がいたよね?」
「ああ、一般コースを設立して、初めての合格者だな」
「どんな人かな?」
「……気になるのかい?」
ユウノがいぶかしんでいる。
「意外かな?」
「君にとって必要な人物とは思えないが……」
「深い意味はないよ、単純に気になっただけさ」
「……名前は、ロウガ=ジーンだったかな。このクラスにいると聞いたが」
眉根をひそめながらも、ユウノは視線を回してくれた。面白くなさそうにはしつつも、ボクの考えを否定も拒否もしない。
彼に続いて、ボクもまた教室内に目を配る。見知った顔に混じって、見知らぬ顔もちょくちょくいた。高等部から入学してきた者達だ。彼等とはこれから
「うん?」
「どうした?」
「いや、なにか……強烈な違和感が」
「……ふむ? 私は特に感じないが」
ユウノはそう言っているが、ボクは自分の感覚を信じてその正体を探す。ふと、教室の隅に目が吸いこまれた。最後列の一番端の席、誰からも目立たないような場所に、一人の青年が座っている。誰ともつるまずに、もくもくと
彼は、違和感を感じるほどに存在感がない。人というものは、よくよく観察すれば大体は何かしらを空気で主張している。この教室の生徒にしても、これからの学校生活に期待をふくらませいてるとか、緊張で身体がガチガチになっているとか。その空気の大小によってその人それぞれの存在感が読み取れると、ボクは思っている。
だが、彼は……それが、ない。
存在感がない。まとっている空気が読めない。
「――――っ!?」
ふと、彼と目が合う。僕は目を見開いた。
全身に、甘い痺れが走る。本能が歓喜を呼び起こした。
交わした視線の奥、一瞬だけ彼の存在を感じる。
『お前に勝つ』
獣のような眼光から、むき出しの闘争心が叩きつけられた。
身体の芯からほてりが広がる。熱い。
「ああ、彼か」
彼が、ロウガ=ジーンか。
たしかに、あれは普通と違う。
「どうしたんだい? ヴェラ」
ユウノが変なものでも見たかのように聞いてきた。ああ、そうか、ボクは変になってたのか。はは、いいな、それ。
「いや……これからの学校生活、楽しくなりそうだなって」
興奮で震えそうになる。努めて冷静にそれを抑えながら、ボクは口を動かした。ユウノは何かを言いたそうにしている。だが、正直そんなのどうでもよかった。頭の中は、ロウガ君のことでいっぱいになっていた。
ガラっと、教室のドアが開く音がして、担任の教師が入ってきた。生徒達は談笑を止め、姿勢を正す。静寂に包まれる中、ほどなくして、学園生活の第一歩たるオリエンテーションが始まった。
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