冒険者学園に、“強くなりたい”と叫んだ男女が二人
maesonn
第一話:僕には才能がない
才能とはなんなのだろうか?
ある者は言う、『才能なんてない』と。才能なんて言葉は、努力を怠った者が放つ言い訳なのだと。
ある者は言う、『才能はある』と。才能があるからこそ、持てる者と持たざる者に分かたれるのだと。
正直、この論争に終わりはない。どれが正解かは、個人の中で結論づけていくしかないのだろう。面倒だがそういうものなんだ。
じゃあ僕は才能についてどう思うのかって話なんだが、結論から言うと、才能はあると思ってる。
僕が思うに、才能というものはたった一つシンプルなものだ。それ以外のものは偽り、無価値なものとすら断言しても良い。
才能とは
意志が折れぬ限り、成らないことはない。進みつづける限り、必ずゴールにたどりつける。これを持っているか、持っていないかこそが、才能があるかないかの判断基準。意志さえ折れなければ、人は強くなれる。
そして僕は、それを証明するために生きている。
才能がないとのレッテルを、僕に押してくれやがったこの世界に、力強く、それを刻みつけるために。
この世界……プロステラに生きる者達に、憧れの職業は? と聞いてみる。すると、大半はこう返すはずだ――
というのも、世界は“ダンジョン”によって回っていると言っても過言じゃないからだ。【ダンジョンから採れる
冒険者とは、そんなダンジョンを
だからこそ、国は一人でも多く、優秀な冒険者が欲しくなる。冗談抜きで、優れた冒険者は国の宝なのだ。国力に直結する。となると、国が自ら優秀な冒険者を育てあげよう、という思考に至るのも当然な摂理。プロステラにおけるありとあらゆる国家に、冒険者を育てるための育成機関――
国が創った、冒険者になるための登竜門。
それが、冒険者学園だ。
で、僕は、その冒険者学園に入学するための試験を受けに来ている。十五歳になったので、高等部への試験だ。
「受験番号、六十九番・ロウガ=ジーン君!」
「はい!」
スタッフの声に、僕は勢いよく返事をした。筆記試験が終わった後の、緊張感に満ちた試験会場。堅苦しい静寂が支配している中を、ゆっくりと、余裕をもって歩いていく。
「
「こちらです」
「……ロウガ=ジーン君、男性、十五歳。国立シンドヴァルト冒険者学園高等部の一般コースを受験希望で大丈夫ですね?」
「大丈夫です」
「確認しました。これより、実技試験の控え室に案内します」
そう言うと、案内役のスタッフが僕に背を向けて歩きだした。その背中に、無言でついていく。
「こちらが控室です。試験用の武器や防具もあるので、そちらを使用して試験に臨んでください」
「了解です」
丁寧な所作で、スタッフがドアノブを回す。開かれたドアの向こうに、するりと足を運んだ。
「うお……」
思わず、僕はうめく。さっきまでいた筆記試験の会場とは比べものにならないほどの、重々しい雰囲気。空気自体が鉛を背負っているかのようだ。室内では、僕と同じ受験生達が、それぞれ簡素な木製の椅子に腰かけて待機していた。全員が一様に、装備した武具をじっと見つめている光景は、何やら異様なものがある。どんだけ硬くなっているんだか。
(今さら緊張したところで、どうにもならんだろうに)
そんな人達を横目に見ながら、僕は、部屋の一角に設置された武器と防具が置かれたスペースに近づく。革製の
「んで、
手に持ったそれを、軽く振る。鉄製の棒だ。長さは約一七〇センチほど。僕の身長とほぼ同じだ。多少ずっしりとした感覚はあるが、取り回しは良好。使いやすい限りであった。
(さーて、どうなることやら、ね)
唇が歪んでいることを自覚する。さすがに、緊張が皆無というのは無理な話であったか。意識では落ちついてるつもりであっても、無意識な昂揚は抑えきれないらしい。
まぁ、冷静に考えれば当たり前か。この試験は、そんじょそこらの、並な学園の入学試験ではない。
プロステラにおける、最強最大の国家・ユヌシティーツァ帝国が誇る、最高峰の冒険者学園・国立シンドヴァルト冒険者学園に入学するための試験なのだから。
「まもなく、一般コースの実技試験を開始します! 控室にいる方は、案内に従って会場へ行ってください」
室内にいた人物が続々とスタッフの後について、控室を後にする。僕もその流れに沿って歩いていった。
「ここのドアの向こうが、試験会場となります。実技試験の内容は、一対一の個人戦。受験番号毎に担当する試験官がいますので、以降はそちらの指示に従ってください。それではご武運を!!」
――ご武運を、ねぇ。
はんと、小さく鼻を鳴らした。その言葉の裏には、たっぷりの皮肉を感じずにはいられなかったのだ。
「まぁ、いいけどね」
ドアの向こうの光景に、僕は目を配る。広々とした室内は、いくつかのエリアに分けられていた。そのエリアの一つ一つに、試験官と思わしき人物が複数名いる。
「六十九番は……と」
「こっちだ!」
自分が行くべき場所を探している途中で、声をかけられた。片手剣を装備した、ゴツい体格の男性が手を振ってこちらを手招きしている。横には、妙に禍々しい見た目の
「今回、お前の相手を務めるゼイン=ザーナだ、よろしく」
「ロウガ=ジーンです、よろしくお願いします」
足を運びながら、最大限ににこやかな笑みを浮かべて挨拶を交わす。第一印象は大事だ。態度が悪いという理由で不合格になったら目も当てられない。
「……なんていうか、良くも悪くも普通な男だな。身長も高くねぇし、体格もまぁ、鍛えてはいるんだろうが目を引くほどじゃねぇ」
「まぁ、ゼインさんほどでは」
「信じられねぇな」
「なにがですか?」
「才能なしな男が、栄光あるシンドヴァルトの試験を受けているって事実が、さ」
……ほーん? いきなり言ってくれるね。侮蔑というか、こちらを見下しているという意思を、明らかに隠していなかった。
「いや、データを見た時ビックリしたよ……
「そうなんですよ……苦労してます」
「だろうな、ろくな魔術も使えないんじゃないか?」
「日常生活にぎりぎり支障がない程度ですねー」
ぷっ、とゼインさんが小さく吹き出した。露骨すぎる態度に、こっちが笑いそうになってしまったほどだ。
「魔素は全ての魔術の源。それを多く持つ者は、強力な魔術を何度も使うことが出来る。それは、とりもなおさず……ダンジョンの探索、および、魔物との戦いにおいて重要な役割を果たすってことだ」
「そうですねぇ」
「お前では、それが出来ない」
「ごもっともで」
「そのくせ、特別に体格が良いわけでもない。魔物との激しい戦いに、耐えられるとは思えねぇな。顔にも覇気がない、戦いに行けるような男の顔じゃないんだよ」
「なにが言いたいんです?」
「……帰るなら、今の内だぞ」
鋭い目つきが、ゼインさんから飛んでくる。
「気づいてるか? この国立シンドヴァルト冒険者学園における一般コース試験は、いわば、俺達のために用意された練習台さ」
「あっ、それ言っちゃうんですか?」
「無駄な労力をかけたくないからな。お前では、練習台にすらならないって言いたいんだよ」
練習台。そう、これは、試験という形を
国立シンドヴァルト冒険者学園は、その名声からか、世界各地から入学希望者が集まってくる。だが、誰もが同じスタートラインで受験出来るわけではない。学校側が決めた基準によって、受けられる試験が違うのだ。
【特別コース】、【普通コース】、【一般コース】。三つのグレードで分けられているそれらに、どれだけ将来性があるか、という基準で受験生はふるい分けられる。
その中で一般コースは、もっとも将来性……才能がないと判断された者が受験出来る試験だ。ようするに、この学園においては、特別でも、普通でもないと言いたいのだ。学園の門をくぐることすら出来ない、一般人でしかないのだと。そんな一般人に対しても、門戸を開けておきますよ、というアピールだ。そのアピールの裏で、受験生を在校生のための踏み台にしているのだ。目の前にいるゼインなる男も、この学園における在校生。在校生が試験官を務めてる時点で、この試験の地位が察せようものである。
ちなみに、魔素の保有量は、基準としてもっとも重視されるらしい。そりゃそうだ、魔術を上手く扱うために、魔素は必要不可欠なんだから。
「保有する魔素はみそっかす。そんなお前が合格なんて出来るはずがない。正直、時間の無駄だ。帰った方がいいぞ。っていうか帰れ、記念受験なんて、時間の無駄だろうが」
気持ちのいいくらいボロクソだ。もうあからさまに油断してくれている。ほくそ笑みそうになるのを、僕は必死に抑えた。
油断してくれている。ありがたい限りだ。
「お気づかいありがとうございます。ですが、せっかくなので、受けていこうかなと……記念受験だって、記念にはなるから無駄な時間にはならないかなー、なんて」
「……はぁ、仕方ねぇなぁ」
ゼインさんからため息がもれる。と、同時に、傍らで鎮座していた石像の目が、ピカっと、まばゆい光を放った。その後、透明な膜のようなものが、ドーム状になって辺りを覆う。
「おお……これが噂に聞く」
「〈
「どんな致命傷を負ったとしても、フィールドを解除すれば元通り……でしたったけ? すごい技術ですねー」
「感心するのもいいがな……俺は手加減しないぞ? どんな怪我を負わせても何も問題はないからな。手加減する理由がない。ボロボロの身体にされて、一生モノのトラウマになっても責任負わねぇぞ?」
「ええ! むしろ、ドンと来いですよ!」
鷹揚に胸を叩く僕。その態度が気に入らなかったのか、ゼインさんは大きな舌打ちをした。僕の耳にも聞こえたくらいだ。
「勝敗はどうやって判断されるのですか?」
「そこの石像……〈ガーゴイル〉が判断してくれる。ついでに言っておくと……試験内容も映像としてそいつに記録されるからな」
「へぇ、本当に便利ですねぇ」
「改めて確認する。試験内容は、俺と一対一の戦いだ。この戦いの内容を見て、後日合否を判定する」
「勝敗は関係ない、と」
「建前はな。負けたやつが合格するはずもねぇが」
そりゃそうだ。というか、勝ったとしても不合格になる可能性があるんだろうな。
「他に確認しておきたいことは?」
「試験の開始はいつですか?」
「お前に合わせる、いつでもいいぜ」
「なるほど、それなら――今すぐ、ということで」
そう言い放った瞬間、僕は、手に持っていた棒をゼインさんへ投げつけた。力をこめず、柔らかな力で。ゆったりと、放物線を描くように鉄の棒が宙を舞った。
「……へ?」
ゼインさんから、ぼやっとした声がもれる。一瞬、呆気にとられているのが見えた。まさか、得物をいきなり投げつけるとは思わなかったのか。それとも、いきなり仕掛けてくるとは思わなかったのか。
なにはともあれ、隙が出来た。
それを、僕は見逃してやるつもりはない。
左足を軸に、右足を勢いづけて上げる。蹴り。狙うは。
股間……金的だ。
「はがあっっ!?!?」
ゼインさんから苦悶の叫びが聞こえた。金的ってのは、ただ股間を蹴るだけじゃ効果が薄い。睾丸を
「いはっ!? ……はあっ!?」
うん、出来てるみたいね。ゼインさんてば悶絶してる。痛いですよね、分かります。でも、駄目じゃないですか。目の前に……僕がいるんですよ?
「しっ!」
細い呼気を鋭く飛ばしながら、再度蹴りを放つ。今度は肝臓への前蹴り。肝臓は骨で守られていない臓器だ。そして、内蔵はダメージが通るとめちゃくちゃ痛い、本気で痛い。立っていられなくなる。
「はがぁっ!? はあっ!?」
ゼインさんが、くの字になって腹を抱えた。痛みからか、まともな呼吸が出来なくなっている。立っているのはさすがだ。この一撃で意識までは刈取れなかった。
「……ふっ!」
だからこそ、さらなる追撃。今度は意識を奪う。僕は拳を当てた。殴るのではなく、当てる。ゼインさんのあごを掠めるように。チッ、と空気を切り裂くような音が聞こえた。
「……はれ?」
理解不能と言わんばかりの声をもらして、ゼインさんが膝から崩れ落ちた。気絶している。
「じゃあ、とどめ」
僕の足が、床に突っ伏すゼインさんの頭を思いっきり踏みつけた。この
ゴッ。ゴッ。ゴッ。ゴッ。
鈍い音が響くこと四回。床が血で塗れ始めた。死んだかな? と思ったけど。
足を上げた。そのまま、五度目の踏みつけを行う――その前に、身体の動きが止まった。いや、止められた。
『勝者、ロウガ=ジーン』
石像から無機質な音声が流れる。と、と同時に、周辺を覆っていた決闘空間が収縮を始めた。戦いは終わりと判断されたのだ。そうか、だから動きを止められたのか。
「……え? あれ?」
決闘空間が消えたタイミングで、ゼインさんが起き上がる。怪我がなくなっていた。床を汚していた血も、綺麗さっぱり消失。全て元通りといった
「あっ……はっ?」
「立てますか?」
「は、はひっ!!」
バネで仕込まれたかのごとく、勢いよくゼインさんが跳ねた。やや後ろに、僕から逃げるようにして。決闘空間も精神的なダメージまでは面倒みきれないらしい。トラウマになっても知らないぞと言われたが、この様子を見ればうなずけた。
「ししししし、試験は、これで終了だ! 合否は後日、学校から連絡がある!!」
ゼインさんは、腰砕けになりながら震える声で言い放った。試験前の余裕はどこへやらだ。
「さ、最後に何か言っておくことはあるか!?」
「……そうですねぇ」
どうやら怖がらせてしまったみたいだし。ここは一つ、何かこう、穏当で当たり障りのない言葉で、場を和ませつつ……。
「大したことないんですね……シンドヴァルトって」
とか思ってたのに、僕の口をついて出た言葉は、あまりにも不穏当な代物だった。しまったな、と顔をしかめる。ゼインさんが、顔を真っ赤にしながらうつむいた。
なんて可愛げのない、生意気なことを抜かしてしまったものだ。
でも、まっ、いいか。別に不合格でも構わないしね。
僕の目標は、あくまでも強くなること。強い冒険者になること。過程は正直どうでもいい。シンドヴァルトに入れなかったら、それはそれさ。
ちらと、ガーゴイルに目を配る。全身灰色な石の身体だが、目だけは唯一、真黒に光る宝石で造られていた。あの目に、僕の姿が映っているのだろうか。あの目に、僕の姿が記録されるのだろうか。
「ありがとうございました」
へっぴり腰なまんまのゼインさんに、頭を下げる。そのまま、
これにて試験は終わり。それを自覚した途端、どっと、疲労が押し寄せてきたのを感じた。
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