冒険者学園に、“強くなりたい”と叫んだ男女が二人

maesonn

第一話:僕には才能がない

 才能とはなんなのだろうか?

 ある者は言う、『才能なんてない』と。才能なんて言葉は、努力を怠った者が放つ言い訳なのだと。

 ある者は言う、『才能はある』と。才能があるからこそ、持てる者と持たざる者に分かたれるのだと。

 正直、この論争に終わりはない。どれが正解かは、個人の中で結論づけていくしかないのだろう。面倒だがそういうものなんだ。

 じゃあ僕は才能についてどう思うのかって話なんだが、結論から言うと、才能はあると思ってる。

 僕が思うに、才能というものはたった一つシンプルなものだ。それ以外のものは偽り、無価値なものとすら断言しても良い。

 才能とは意志・・だ。

 意志が折れぬ限り、成らないことはない。進みつづける限り、必ずゴールにたどりつける。これを持っているか、持っていないかこそが、才能があるかないかの判断基準。意志さえ折れなければ、人は強くなれる。

 そして僕は、それを証明するために生きている。

 才能がないとのレッテルを、僕に押してくれやがったこの世界に、力強く、それを刻みつけるために。


 この世界……プロステラに生きる者達に、憧れの職業は? と聞いてみる。すると、大半はこう返すはずだ――冒険者ぼうけんしゃ、と。何なら、僕こと、ロウガ=ジーンもそう答える。

 というのも、世界は“ダンジョン”によって回っていると言っても過言じゃないからだ。【ダンジョンから採れる魔晶石ましょうせきが貨幣の原料となっている】、この事実だけでもそれはうかがえた。ダンジョンを徘徊する危険な魔物まもの達ですら、有用な素材を落としてありとあらゆる便利な道具と化す。プロステラからダンジョンが消失したら、あっという間に滅亡待ったなし、それぐらいの影響力がある。

 冒険者とは、そんなダンジョンを探索ハックすることに長けたプロフェッショナル達だ。ダンジョンを探し、中を調査、魔物と戦い、戦利品を持ち帰り……とにかく、ダンジョンにおける諸々のことを冒険者が担っている。ダンジョンが中心になってる世界で、そこに関わるプロフェッショナルが尊敬を集めないはずがないのだ。

 だからこそ、国は一人でも多く、優秀な冒険者が欲しくなる。冗談抜きで、優れた冒険者は国の宝なのだ。国力に直結する。となると、国が自ら優秀な冒険者を育てあげよう、という思考に至るのも当然な摂理。プロステラにおけるありとあらゆる国家に、冒険者を育てるための育成機関――冒険者学園ぼうけんしゃがくえんなんて代物しろものが存在するのはそのためだ。


 国が創った、冒険者になるための登竜門。

 それが、冒険者学園だ。


 で、僕は、その冒険者学園に入学するための試験を受けに来ている。十五歳になったので、高等部への試験だ。


「受験番号、六十九番・ロウガ=ジーン君!」


「はい!」


 スタッフの声に、僕は勢いよく返事をした。筆記試験が終わった後の、緊張感に満ちた試験会場。堅苦しい静寂が支配している中を、ゆっくりと、余裕をもって歩いていく。


受験票じゅけんひょうを確認させてください」


「こちらです」


「……ロウガ=ジーン君、男性、十五歳。国立シンドヴァルト冒険者学園高等部の一般コースを受験希望で大丈夫ですね?」


「大丈夫です」


「確認しました。これより、実技試験の控え室に案内します」


 そう言うと、案内役のスタッフが僕に背を向けて歩きだした。その背中に、無言でついていく。


「こちらが控室です。試験用の武器や防具もあるので、そちらを使用して試験に臨んでください」


「了解です」


 丁寧な所作で、スタッフがドアノブを回す。開かれたドアの向こうに、するりと足を運んだ。


「うお……」


 思わず、僕はうめく。さっきまでいた筆記試験の会場とは比べものにならないほどの、重々しい雰囲気。空気自体が鉛を背負っているかのようだ。室内では、僕と同じ受験生達が、それぞれ簡素な木製の椅子に腰かけて待機していた。全員が一様に、装備した武具をじっと見つめている光景は、何やら異様なものがある。どんだけ硬くなっているんだか。


(今さら緊張したところで、どうにもならんだろうに)


 そんな人達を横目に見ながら、僕は、部屋の一角に設置された武器と防具が置かれたスペースに近づく。革製の篭手ガントレット胸当てプレートメイルを手に取って装備した。それらは良い感じに身体にフィットして、軽い。高い防御力があるわけではないだろうが、そっちの方が僕としては優先度が高い。身体つきが大きいわけでも、太いわけでもないので、重装甲は体力の消耗が激しいからだ。


「んで、ぼう


 手に持ったそれを、軽く振る。鉄製の棒だ。長さは約一七〇センチほど。僕の身長とほぼ同じだ。多少ずっしりとした感覚はあるが、取り回しは良好。使いやすい限りであった。


(さーて、どうなることやら、ね)


 唇が歪んでいることを自覚する。さすがに、緊張が皆無というのは無理な話であったか。意識では落ちついてるつもりであっても、無意識な昂揚は抑えきれないらしい。

 まぁ、冷静に考えれば当たり前か。この試験は、そんじょそこらの、並な学園の入学試験ではない。

 プロステラにおける、最強最大の国家・ユヌシティーツァ帝国が誇る、最高峰の冒険者学園・国立シンドヴァルト冒険者学園に入学するための試験なのだから。


「まもなく、一般コースの実技試験を開始します! 控室にいる方は、案内に従って会場へ行ってください」


 室内にいた人物が続々とスタッフの後について、控室を後にする。僕もその流れに沿って歩いていった。


「ここのドアの向こうが、試験会場となります。実技試験の内容は、一対一の個人戦。受験番号毎に担当する試験官がいますので、以降はそちらの指示に従ってください。それではご武運を!!」


 ――ご武運を、ねぇ。

 はんと、小さく鼻を鳴らした。その言葉の裏には、たっぷりの皮肉を感じずにはいられなかったのだ。


「まぁ、いいけどね」


 ドアの向こうの光景に、僕は目を配る。広々とした室内は、いくつかのエリアに分けられていた。そのエリアの一つ一つに、試験官と思わしき人物が複数名いる。


「六十九番は……と」

「こっちだ!」


 自分が行くべき場所を探している途中で、声をかけられた。片手剣を装備した、ゴツい体格の男性が手を振ってこちらを手招きしている。横には、妙に禍々しい見た目の石像せきぞうが置いてあった。武器を装備した男が僕の対戦相手ということか。

「今回、お前の相手を務めるゼイン=ザーナだ、よろしく」

「ロウガ=ジーンです、よろしくお願いします」


 足を運びながら、最大限ににこやかな笑みを浮かべて挨拶を交わす。第一印象は大事だ。態度が悪いという理由で不合格になったら目も当てられない。


「……なんていうか、良くも悪くも普通な男だな。身長も高くねぇし、体格もまぁ、鍛えてはいるんだろうが目を引くほどじゃねぇ」


「まぁ、ゼインさんほどでは」


「信じられねぇな」


「なにがですか?」


「才能なしな男が、栄光あるシンドヴァルトの試験を受けているって事実が、さ」


 ……ほーん? いきなり言ってくれるね。侮蔑というか、こちらを見下しているという意思を、明らかに隠していなかった。


「いや、データを見た時ビックリしたよ……魔素エレメンツの保有量がさ、底辺も底辺なんだ。平均的なそれより大きく劣ってる」


「そうなんですよ……苦労してます」


「だろうな、ろくな魔術も使えないんじゃないか?」


「日常生活にぎりぎり支障がない程度ですねー」


 ぷっ、とゼインさんが小さく吹き出した。露骨すぎる態度に、こっちが笑いそうになってしまったほどだ。


「魔素は全ての魔術の源。それを多く持つ者は、強力な魔術を何度も使うことが出来る。それは、とりもなおさず……ダンジョンの探索、および、魔物との戦いにおいて重要な役割を果たすってことだ」


「そうですねぇ」


「お前では、それが出来ない」


「ごもっともで」


「そのくせ、特別に体格が良いわけでもない。魔物との激しい戦いに、耐えられるとは思えねぇな。顔にも覇気がない、戦いに行けるような男の顔じゃないんだよ」

「なにが言いたいんです?」


「……帰るなら、今の内だぞ」


 鋭い目つきが、ゼインさんから飛んでくる。


「気づいてるか? この国立シンドヴァルト冒険者学園における一般コース試験は、いわば、俺達のために用意された練習台さ」


「あっ、それ言っちゃうんですか?」


「無駄な労力をかけたくないからな。お前では、練習台にすらならないって言いたいんだよ」


 練習台。そう、これは、試験という形をつくろった、在校生のための練習なのだ。

 国立シンドヴァルト冒険者学園は、その名声からか、世界各地から入学希望者が集まってくる。だが、誰もが同じスタートラインで受験出来るわけではない。学校側が決めた基準によって、受けられる試験が違うのだ。

 【特別コース】、【普通コース】、【一般コース】。三つのグレードで分けられているそれらに、どれだけ将来性があるか、という基準で受験生はふるい分けられる。

 その中で一般コースは、もっとも将来性……才能がないと判断された者が受験出来る試験だ。ようするに、この学園においては、特別でも、普通でもないと言いたいのだ。学園の門をくぐることすら出来ない、一般人でしかないのだと。そんな一般人に対しても、門戸を開けておきますよ、というアピールだ。そのアピールの裏で、受験生を在校生のための踏み台にしているのだ。目の前にいるゼインなる男も、この学園における在校生。在校生が試験官を務めてる時点で、この試験の地位が察せようものである。

 ちなみに、魔素の保有量は、基準としてもっとも重視されるらしい。そりゃそうだ、魔術を上手く扱うために、魔素は必要不可欠なんだから。


「保有する魔素はみそっかす。そんなお前が合格なんて出来るはずがない。正直、時間の無駄だ。帰った方がいいぞ。っていうか帰れ、記念受験なんて、時間の無駄だろうが」


 気持ちのいいくらいボロクソだ。もうあからさまに油断してくれている。ほくそ笑みそうになるのを、僕は必死に抑えた。

 油断してくれている。ありがたい限りだ。


「お気づかいありがとうございます。ですが、せっかくなので、受けていこうかなと……記念受験だって、記念にはなるから無駄な時間にはならないかなー、なんて」


「……はぁ、仕方ねぇなぁ」


 ゼインさんからため息がもれる。と、同時に、傍らで鎮座していた石像の目が、ピカっと、まばゆい光を放った。その後、透明な膜のようなものが、ドーム状になって辺りを覆う。


「おお……これが噂に聞く」


「〈決闘空間デュエルフィールド〉だ。ここでどれだけ激しい戦いが行われたとしても、絶対に死ぬことはない」


「どんな致命傷を負ったとしても、フィールドを解除すれば元通り……でしたったけ? すごい技術ですねー」


「感心するのもいいがな……俺は手加減しないぞ? どんな怪我を負わせても何も問題はないからな。手加減する理由がない。ボロボロの身体にされて、一生モノのトラウマになっても責任負わねぇぞ?」


「ええ! むしろ、ドンと来いですよ!」


 鷹揚に胸を叩く僕。その態度が気に入らなかったのか、ゼインさんは大きな舌打ちをした。僕の耳にも聞こえたくらいだ。


「勝敗はどうやって判断されるのですか?」


「そこの石像……〈ガーゴイル〉が判断してくれる。ついでに言っておくと……試験内容も映像としてそいつに記録されるからな」


「へぇ、本当に便利ですねぇ」


「改めて確認する。試験内容は、俺と一対一の戦いだ。この戦いの内容を見て、後日合否を判定する」


「勝敗は関係ない、と」


「建前はな。負けたやつが合格するはずもねぇが」


 そりゃそうだ。というか、勝ったとしても不合格になる可能性があるんだろうな。


「他に確認しておきたいことは?」


「試験の開始はいつですか?」


「お前に合わせる、いつでもいいぜ」


「なるほど、それなら――今すぐ、ということで」


 そう言い放った瞬間、僕は、手に持っていた棒をゼインさんへ投げつけた。力をこめず、柔らかな力で。ゆったりと、放物線を描くように鉄の棒が宙を舞った。


「……へ?」


 ゼインさんから、ぼやっとした声がもれる。一瞬、呆気にとられているのが見えた。まさか、得物をいきなり投げつけるとは思わなかったのか。それとも、いきなり仕掛けてくるとは思わなかったのか。

 なにはともあれ、隙が出来た。

 それを、僕は見逃してやるつもりはない。

 左足を軸に、右足を勢いづけて上げる。蹴り。狙うは。

 股間……金的だ。


「はがあっっ!?!?」


 ゼインさんから苦悶の叫びが聞こえた。金的ってのは、ただ股間を蹴るだけじゃ効果が薄い。睾丸をはたくようなイメージで、足首にスナップを効かせて軽やかに蹴り上げる。それが出来て大きなダメージになるんだが……。


「いはっ!? ……はあっ!?」


 うん、出来てるみたいね。ゼインさんてば悶絶してる。痛いですよね、分かります。でも、駄目じゃないですか。目の前に……僕がいるんですよ?


「しっ!」


 細い呼気を鋭く飛ばしながら、再度蹴りを放つ。今度は肝臓への前蹴り。肝臓は骨で守られていない臓器だ。そして、内蔵はダメージが通るとめちゃくちゃ痛い、本気で痛い。立っていられなくなる。


「はがぁっ!? はあっ!?」


 ゼインさんが、くの字になって腹を抱えた。痛みからか、まともな呼吸が出来なくなっている。立っているのはさすがだ。この一撃で意識までは刈取れなかった。


「……ふっ!」


 だからこそ、さらなる追撃。今度は意識を奪う。僕は拳を当てた。殴るのではなく、当てる。ゼインさんのあごを掠めるように。チッ、と空気を切り裂くような音が聞こえた。


「……はれ?」


 理解不能と言わんばかりの声をもらして、ゼインさんが膝から崩れ落ちた。気絶している。脳震盪のうしんとうだ。先の一撃は、あごを通して脳を揺さぶるためのものだ。脳が揺れれば、人は気を失う。


「じゃあ、とどめ」


 僕の足が、床に突っ伏すゼインさんの頭を思いっきり踏みつけた。この決闘空間デュエルフィールドならば、何も遠慮はいらない。むしろ、気絶したからと油断する方が怖い。だからこそ、攻撃の手は緩めない。

 ゴッ。ゴッ。ゴッ。ゴッ。

 鈍い音が響くこと四回。床が血で塗れ始めた。死んだかな? と思ったけど。決闘空間デュエルフィールドでの戦いで死ぬことはないらしいので、それを信じさせてもらうことにした。

 足を上げた。そのまま、五度目の踏みつけを行う――その前に、身体の動きが止まった。いや、止められた。


『勝者、ロウガ=ジーン』


 石像から無機質な音声が流れる。と、と同時に、周辺を覆っていた決闘空間が収縮を始めた。戦いは終わりと判断されたのだ。そうか、だから動きを止められたのか。


「……え? あれ?」


 決闘空間が消えたタイミングで、ゼインさんが起き上がる。怪我がなくなっていた。床を汚していた血も、綺麗さっぱり消失。全て元通りといった塩梅あんばいだ。すごいな、これ。相当金がかかる代物らしいけど、なるほど、それもうなずける。ついでに、僕の身体も自由を取り戻した。


「あっ……はっ?」


「立てますか?」


「は、はひっ!!」


 バネで仕込まれたかのごとく、勢いよくゼインさんが跳ねた。やや後ろに、僕から逃げるようにして。決闘空間も精神的なダメージまでは面倒みきれないらしい。トラウマになっても知らないぞと言われたが、この様子を見ればうなずけた。


「ししししし、試験は、これで終了だ! 合否は後日、学校から連絡がある!!」


 ゼインさんは、腰砕けになりながら震える声で言い放った。試験前の余裕はどこへやらだ。


「さ、最後に何か言っておくことはあるか!?」


「……そうですねぇ」


 どうやら怖がらせてしまったみたいだし。ここは一つ、何かこう、穏当で当たり障りのない言葉で、場を和ませつつ……。


「大したことないんですね……シンドヴァルトって」


 とか思ってたのに、僕の口をついて出た言葉は、あまりにも不穏当な代物だった。しまったな、と顔をしかめる。ゼインさんが、顔を真っ赤にしながらうつむいた。

 なんて可愛げのない、生意気なことを抜かしてしまったものだ。

 でも、まっ、いいか。別に不合格でも構わないしね。

 僕の目標は、あくまでも強くなること。強い冒険者になること。過程は正直どうでもいい。シンドヴァルトに入れなかったら、それはそれさ。

 ちらと、ガーゴイルに目を配る。全身灰色な石の身体だが、目だけは唯一、真黒に光る宝石で造られていた。あの目に、僕の姿が映っているのだろうか。あの目に、僕の姿が記録されるのだろうか。


「ありがとうございました」


 へっぴり腰なまんまのゼインさんに、頭を下げる。そのまま、きびすをかえして、その場を立ち去った。

 これにて試験は終わり。それを自覚した途端、どっと、疲労が押し寄せてきたのを感じた。

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