第26話 そこでじっとしていろ
クラスが変わると、校庭に咲く桜のように人間関係も散り散りになっていった。
先生も、教室の場所も、階段を昇る時間も。伸びていく髪のように、同じではいられない。
「猫さんだ。今朝スーパーの近くにいるの見たよ。鯛焼き買おうか迷って立ち止まってたでしょ」
隣の席の子が、手持ち無沙汰になったのか私に話しかけてくる。
クラス替え初日ということもあって、まだ腹の探り合いのような状態が続いている。
「でも意外、猫さんって教養なんだ。てっきり文系とかかと思ってた」
「そんなことないよ」
ピシャッと赤いコーンを置くみたいに、私のところで会話が止まる。
当たり障りのない会話は、綿棒で体を撫でるようにもどかしい。とはいっても、奥まで侵入して欲しいとも思っていない。そういえば人との会話って、こんなもんだった気がする。
「彼氏がマニキュアしてきてさ、あたしビックリしてやめてよそれって言ったら喧嘩になって、おかしくない? 男なのにマニキュアって」
「ほー」
会話が飛んだのか? それとも、私がついていけてないのか、私は気付けばフクロウになっていた。
「猫さんって彼氏いないんだ」
「いないかも」
「かもってなに、あはは。好みのタイプとか教えてよ、せっかく同じクラスになったんだし」
頭に浮かべようと思っても、鼻の奥に引っかかるようで脳まで到達しない。
「鼻が高くて、唇の色が淡い人」
「あー、色気ある系ね。最近だとあの人か」
芸能人の名前をあげられたけど、聞いたことがあるようでないような。あったとしても顔と一致しないので知らないようなものだった。
「シャンプーのCMで濡れてるシーンあったじゃん! 男の人の前髪が濡れてるのめっちゃ萌えるんだよね」
「わかるー」
わかるよー。
二回言った。
ホームルームが始まって、先生が教室に入ってくる。
教養クラスだから覚悟はしていたけど、先生が喋っている間もみんな騒ぎ放題で、私の隣の子も度々私に話しかけてきていた。
耳鳴りのように、どこか遠い出来事に感じる。
後ろから肩を叩かれて、振り返るついでに教室を見渡す。
魚さんの姿はなかった。
お互いどこの科に進むかは特に示し合わせていなかった。それでも私たちならなんとなく気が合って、クラス替えのときになればポンと顔を合わせるのかと思っていた。
でも、魚さんは教養ではなく他のクラスを選んだ。
休み時間、私は廊下を歩いていた。
生まれたばかりのほやほやクラスを見て回ると、やっぱり科によって雰囲気が違う。
教養はへそにピアスを開けてるような奴らばっかりの印象だったけど、私がいる六組だけが騒がしいだけで、五組、四組はほどほどに騒がしいくらいだった。
三組の文系は男子率が高く、休み時間にも関わらず携帯ゲームで遊んでいる人が多かった。
二組も同じ文系なのだけど、ここはまた雰囲気が違って、休み時間なのにみんな席に座ってノートを広げている。
マジメなクラスだな・・・・・・。
休み時間に席を立つ人が一人もいないなんて。
ふと窓際の席を見ると、鼻が高く、唇の淡い人間が一人ポツンと座っていた。
魚さん、文系だったんだ。
ノートは広げているみたいだったけど、視線は教室の真ん中に注がれている。多分あれ、なんも考えてないな。
一組は理系だったけど、目的の人物は見つけられたので私は自分の教室に戻った。
「そう、見た! 文系ってばみんな座ってたよね。空気重すぎて、友達に会いにいこうと思ったけどやめたわ」
ぐいーっと、吸い寄せられるような会話。
近づいたわけじゃないし、踏み込んだわけでもない。
ただ、ぐいーっとなったのだ。
「私も行った。マジメなんだね」
「ねー、あんなクラスに入らなくてよかったー! 絶対つまんない人間しかいないよあんなところ。それに比べて教養は楽しい人ばっかりでよかった!」
「わかるー」
磁石は私の腕をガシっと掴むと、知恵の輪みたいに絡んでくる。解くまでの課程が面倒で、私は頭を悩ませながら「っへ」と笑った。
砂鉄が渦を巻くように、私の目もくるくる回る。あっちこっちに移ろうそれは、とめどない季節の過ぎ様に近いものがあった。
窓の外を見ると、すでにピンクを失った元桜が、力尽きたかのように校門近くに佇んでいる。
「ね! 猫さん!」
「わかるー」
何が。
どこに?
重力に従うように頷くと、磁石がどんどん集まってくる。
カメラを向けられて、シャッターを切られると「あ、またこれか」と私の顔も自然と笑顔を作る。顎にピースを作って、フィルターをかけて。
変な流行の踊りを踊って、スカートを揺らして、どこの誰かも知らない人に向けて自分だけの体を晒し上げる。
かわいいとか、脚キレイとか。そんなようなコメントが欲しくて、どんどん磁石が集まってくる。
「ね、今度みんなで海に行かない!?」
「いいねー! 今のうちに準備しとこ。水着もみんなで買いに行こうよ! 猫さんもどう!?」
水着かぁ。
水着、あるんだよなぁ。
新しいの。
「いいよー」
間延びする舌が、てろんと口から垂れる。
あ、そうか。
次はもう、夏か。
時間が過ぎるのって、こんなに早かったっけ。
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