トラック4 ドキドキの空中デート

ほにゃー、これが世界一高い塔という例の……例のなんでしたっけ? スカイタワー!


ほ~え~。私ね、猫から人間になったとき、見渡せる景色の広さに感動したんです。人類の偉大さを感じました。しかしこれは!


これは~……えっとなんていうか、見てるとクラクラします。


人間が猫より目が回りやすいという噂は、本当だったんですね~。



ああなるほど~、頭の重さで首が疲れちゃっただけ~、なんですか。あっホントだ、下向いたら楽ちん。


……ほお~、このような建築物を作るには、それだけの重さの脳が必要だったと、ふんふん。


……えっと、今一瞬丸め込まれそうになりましけど、私、どう考えてもあんなの作れそうにありません。


あの塔の骨は、昨日食べた魚何匹分ですか!?



ここまで来といてなんですが、私と外出なんてして大丈夫だったんですか?


だってほら、私姿が見えないので。君がおかしな人だと思われないかと心配です。


耳に手を当ててしゃべるから平気? ほうほう。犯人を追跡している刑事の気分になると。


その、気になってたんですが、その刑事さんっていうのは、魚泥棒のネコも逮捕したりします?



そういえば君、さっきっから顔色が冴えません。え? 実は高いところが苦手? 塔のてっぺんをみたら怖くなった!? またどうしてそんな無茶を……。


うん、うん、私を、喜ばせたかった……。すー、はー、もういいです。もうお腹いっぱいですから……な、なんでもないです!


ほら、じゃあどこか他に連れて行ってください。さっきお団子のいい匂いがしましたからそっちに。


え? どうしても行く? ちょっ、ちょっと待って! 



こ、この乗り物で上まで行くんですか? エレベーター? え、外が見えません! 暗いです怖いです! 人がたくさん乗ってきて、こんなにたくさんの人が一緒に? 狭い……せま……。


大丈夫大丈夫って。しーっ! しゃべってると変な目で見られますよ。だから口を閉じて、口を……。ああ、この密着空間ドキドキします。すうー、はあー。あの、少し目を閉じてもらっていいですか? なんでって、野暮なことは聞かないでくださいよ。目を閉じたら倒れそうって? うーん、少し目を横にそらすだけでもいいですから……。


ちゅっ。なにしたのって? もう、わかってるくせに。ちゅっ、ちゅっ。うふっ、ごくって、喉鳴りましたよ。人が見てる? 大丈夫ですよ。私、見えませんから。そういう問題じゃない?


ふーん、見えないから問題ないだろとかって私のおしっこ見ようとしたアナタが言いますか……ふーん。ちゅーちゅっ。あっ、も、もう着いちゃったね。続きは、後で……後でねっ。



はあ、はあ。あ、いえ、ちょっとあの箱に閉じ込められたのが怖かっただけです。君も? 君もドキドキしてるの?


ふんふん。してない……して、ない……してないー!? なな、なんで! どうして! 私はあんなにドキドキしたのに! どうして平気な顔してるんですか! え? 最初に誤魔化そうとしたのは私? 私が? いつ? キスでドキドキしたのを箱のせいにした? は、箱が怖いのはウソじゃないですよ! 本当のことなんですから、勘違いしないでください!


へ? ネコはそのツンデレが可愛い……? なんですかそのステレオタイプ。だったら君はネコ娘なら誰でもいいんですか? どのネコ娘にも優しくしちゃうんですか……って、


何遠い目をしてるんですか? 他のネコ娘を想像するのやめてください! 私以外のネコ娘のことを考えないでー!



はあ、はあ。デートがこんなに疲れるものだとは思いませんでした!


君はいつもデートの度に女の子を『はあはあ』させてるんですか?


デートは私とが初めて?


ふーん、そうですか。ならあなたのその縁結びのお守りをもらった神社にでも感謝するんですね。



え? ? なんですか、私が初めてのネコ娘と言いながらさっそくヨソのネコ娘の話ですか!?


違う? ああ、なんだ! のことですか……ってなんですかそれ?


私が箱の中で怖がってたから思い出しただけ? とにかく生きてて良かった? ちょ、ちょっと泣かないで。そんなに悲しいお話なんですか、それ。


はいはい、そんなお話は忘れて、これから私と楽しい思い出話を作りましょうよ。



ほにゃにゃー! あ! あそこ、さっきまで私たちあそこにいたよね。すごいすごい。ここから落ちたら大変そう。


え? 怖いこと言わないで? ガラスの床だから落ちないって? あっ、ほんとだ。ここだけ作りかけなのかと思っちゃった。んもう、そんなに怖がらなくても大丈夫ですって! 


知り合いのニャーチェさんなんか、昔十階建てのビルから落ちたけどケガひとつしなかったっていつも自慢してましたよ。目撃者のニャユリさんは、まるでムササビみたいだったわあ! なんて言ってて。


懐かしいなあ。会うたびに、いつも同じ話するんですから……。やっぱり、もうあの頃には戻れないのかなあ……。



こうして高いところから見ると、世界はとても広いのですね。私たちがこうして会えたのが考えてみればすごい偶然。え? 偶然じゃない?


子供の頃に神様にお願いしたことがあるのですか? 素敵な人に出会えるようにと。だけど、それがどうして私と出会ったことと関係が?


ふむふむ、縁結びの神様だと思ったら猫神社だったと。ほうほう……。


あなたですか! あなたが私をこんなふうにした張本人ですか! さっきまで刑事のフリをしていたアナタが犯人とは、どんだけどんでん返しですか!?



はい? 君が見たのはインチキ神様じゃない?


なぜそんなことを? アナタも怪しいって言ったじゃないですか。


白スーツに白ネクタイですよ?


ここに来るまでにスーツを着てる男性はたくさん見ましたけど、全部白い人なんていませんでしたよ。



それにしても、どうして二人分のチケットを買ったんですか? 私はどうせ見えないんだから一人分料金で十分なのに。


は? 君は昔背が低かったから? いつも子供料金で電車に乗ってた……その罪滅ぼし?


どうしましょう。こんな説得力のない言い訳は聞いたことがありません。彼の中でいったい何が起こっているのでしょうか。こんな病を発症させたネコ娘の存在が彼の母親にバレたら殺されてしまいます。


どうしよう、どうしよう、いえ、高くて怯えているのではないです。



記念写真を撮る? この景色をバックに撮影していただけると。でもこれでは、おひとり様記念写真ということになりませんか? お母さま、ごめんなさい。息子さんをここまで堕落させたネコ娘は私です。私が彼の前で寝転んだり甘えた声を出して誘惑したからこんなことに。


隣に立ってくれてればいい? なんかスタッフさんが変な目で見てる気がしますけど。いい? ふむふむ、あとで一緒に来るはずだった彼女の写真を合成するから?


ああ、なんだかスタッフさん、彼を可愛そうな目で見ています。わかりますわかります。私だって彼のことが痛々しくて見ていられません。しくしく。


あっ、はい、笑顔で。にゃは!



はにゃあ。どんだけイベントが続くんですか。疲れます。人間というのは気苦労が耐えない生き物なんですね。


人間の女性の姿で甘えたらきっと彼が喜んでくれるだろうなんて甘い考えでした。実際は彼の痛々しさを世間様に取り返しのつかないレベルで公表する結果に。


え? 望遠鏡? うにゃにゃ! 遠くの景色が大きくなった。これが川。その横にいっぱいある四角いのが全部建物? この中に人間の皆さんは住んでいる? え、横長の四角が住んでる建物で、縦長がお仕事してる建物? 大きい建物の間にちっちゃくごちゃっとあるのが一軒家と。。。


うわあ、なんか家がゴミのようです。



私たちが出会った公園は見えるでしょうか?


まだあの公園にいるノッキさんやカルカトさんの様子を知りたいです。はい、どちらも大変お世話になりました。


見えないと思う? え、どうして分かるんですか? あの建物の配置を全部覚えてるんですか? あの公園からこのタワーが見えなかったから?


あっ、たしかにそうですね。君頭いいです!



あの、そろそろお腹、すきませんか? はい、この近くに食べ歩きできるところがあるんですよね?


そこで何か美味しいものでも買って、二人でゆっくりゴロニャンしましょう。


ふふ、すごくホッとした顔してますよ。やっぱりムリしてたんですね。


はいはい、行きましょう行きましょう。こんな素敵な場所に連れてきてくれたお礼です。次は私がたっぷり甘えさせてあげますね。

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