涙を失くした理由
私は、先生に言われて、歩き出す。
左足をつけると激痛だった。
よろけそうになった。
「何かあったら、言えよな」
暁君だった。
「痛むか?」
コクン
「もたれていいから」
コクン
体を支えながら、保健室に連れてってくれた。
「捻挫だね。気を付けないとね」
コクン
「あっ、先生。ちょっと用事あるから。授業終わるまで、休んでてね」
コクン
「じゃあね、先生」
保健の先生が、いなくなって暁君と二人になってしまった。
「何、好きになった?」
暁君は、保健室のノートとペンを私に渡した。
【なるわけない】
「あっそ。それは、また誰かにやられた?」
【自分で転んだ】
「誰か庇ってんの?」
【違う】
「あっそ。泣かないからやられんだろ?」
【暁君に、関係ない】
「俺の前で、泣いてみろよ」
【無理、出来ない】
「紗那ちゃんさ、襲われたって受け入れるしかないよな」
【変態、鬼畜、キモい】
「ひでー、言い方」
暁君は、そう言って笑った。
「嫌なら、喋れるようになんねーとな」
ポンポンって、頭を叩かれた。
ジンジンと胸の奥が、痛んだ。
これは、何なのだろうか?
この痛みは、何なのだろうか?
さっき、女の子達にされた痛みと似てるような、違うような。
「紗那ちゃんは、何で喋れないの?」
【母と弟がいなくなった朝、声が出なくなった。】
「いなくなったって、捨てられたの?」
コクン
「それって、すげー悲しいじゃん」
暁君は、目を伏せる。
【悲しみを通り越した感覚】
「何、それ?」
【悲しいとかは、もうなかった】
「よくわかんねーけど、すげー境遇だな」
【たいした事じゃない】
私は、笑っておいた。
悲しみの向こう側に行った気がした。
だから、涙も失くした気がした。
「そう思うなら、そうなんだろーな」
そう言いながら暁君が、悲しい顔をしていた。
【体操服、洗って返すから】
「別にいいよ。俺が、洗濯するし」
【自分で、してるの?】
「そっ、父子家庭だからさ」
【お母さんは?】
「俺が小さい時に、出てった。紗那ちゃんと一緒だな!紗那ちゃんのお父さんは?」
【小さい時に、借金残して出てった。】
「そっちも、複雑だな。今は、どうしてんの?」
【お父さんの弟の家に住んでる。】
「母親の方じゃないんだな?」
【お母さんは、天涯孤独だから。家族全員亡くなってる】
「母親もすごい境遇なんだな」
そう言って、暁君は、目をパチパチとさせた。
【愛を知らない人だったから、私にも愛を与えてくれなかった。】
「愛される事が、わからないのか?」
【わからない。】
「お母さんに、暴力ふるわれてたりしたのか?」
【違う。お母さんは、何もしなかっただけ】
「何もしなかった?」
【恥ずかしくて、男の子には言えない。】
私の言葉に暁君は不思議な顔をしていた。
初めて初潮を向かえた5年生の時、母は私に汚ないと言った。
生理用品の存在も教えてくれなかった。
学校の先生にお腹が痛くて血がでていると話すと生理用品をくれた。
家に帰って母に話すとバレたのかって顔をして、お金を渡された。
スポーツブラを知ったのは、胸が大きくなってきていた時だった。
保健の先生が、山井さんそれはつけないといけませんよと言ってきた。
母に話すと無駄金だからとタンクトップを着ておけと言われた。
学校の先生に、また怒られた。
母は、渋々スポブラを買ってくれた。
母は、何もしなかったのだ。
母は、私の体が大人にかわっていく事に、嫌悪感を日に日に募らせていた。
出ていく前の日も、汚ないものを見る目で「一人で、生活をしなさい。もう、紗那は、大人です。わかるよね?」と言った。
私は、もう大人なのだろうか?
キーンコーンカーンコーン
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