彼の気持ち

次の日の朝も、かわりなく朝食を済ませ、朝練に向かった。


下駄箱を開けた。


「暇な人達だな。」


下川原君は、ビニール袋をとって私の下駄箱を掃除した。


「うっ」


強烈な臭いに鼻がやられそうになる。


「かわいそうだな」


「えっ?」


「ほら、これ」


「何で、こんなの…」


大量の虫の死骸


下川原君は、迷わずに両手に乗せてグランド近くの土に埋めた。


「下川原君は、優しいんだね」


「さあ?どうだろうね」


「優しいよ」


下駄箱を綺麗にしてくれた。


「靴は、持って歩くべきだよ」


下川原君は、ビニール袋をくれた。


教室に入る。


「おはよう、百瀬さん」


「おはよう、浅倉さん」


浅倉さんへの嫌がらせも、終わっていないのがわかった。


ビニール袋に、運動靴を同じようにいれていた。


「じゃあね」


「また、明日ね」


浅倉さんは、全部の授業が終わるとどこかに行った。


私は、テニス部に行くのをこの日からやめた。


「テニスしないの?」


下川原君は、ずぶ濡れな服で私に話しかけた。


「それ、なに?」


「あっ、トイレ入ってたら上から水がやってきた。」


「そんな事あるの?」


「あるよ。たまたま、だから。気にしない。それに、まだ暖かいからすぐに乾くよ」


下川原君は、気にしないで歩き出す。


運動靴をビニール袋から、同じように出していた。


「一緒に帰っていい?」


「いいよ」


私は、下川原君と並んで歩く。


「百瀬さんの、頭の中のお喋りは、俺といるととまってる?」


「どうして?」


「いつも、寄ってる皺がないから」


そう言って、下川原君は自分の眉間を撫でる。


「どうだろうか?」


下川原君が、好きだと言えたらどんなにいい事だろうか…。


「浅倉さんと話してる時もないよね。移動教室、二人で行ってるの見たから」


「下川原君って、私の事好きなの?」


「好きだよ」


さらっと言われて、驚いた。


「本当に好きなの?」


「何度も聞かれたら、照れるけど…。好きだよ」


「ごめんなさい」


「謝らないでよ。俺は、こうやって話すだけでいいから」


下川原君は、そう言って笑った。


好きじゃないから、ごめんなさいって言ったんじゃないよ。


涙が、流れてきた。


「いじめられるの辛いよな?」


下川原君は、鞄の中からハンカチを出した。


「ありがとう、辛くないよ。全然」


「頭の中のお喋りの方が、辛いか?」


「そうだね」


私は、下川原君のハンカチで涙を拭いた。


「いい匂い」


「だろ?俺ね、将来、香りを作る人になりたいんだ。これは、まだ試作段階。アロマオイルってわかる?」


「うん」


「あれを、数種類配合してるんだ。ちょっと来る?」


「うん」


そう言って、下川原君は私を連れていく。


「祖父母の家の一部屋を借りてるんだ。入って」


たくさんの瓶が並んでいた。


「俺ね、将来、調香師になりたいんだよ。」


「へー。すごいね」


「それに気づかせてくれたのは、百瀬さんだよ。はい、これ」


「なに、これ?」


「下駄箱に生ゴミを入れられた時に、臭いを消すために作ったやつ。嗅いでみて」


「いい匂い。」


「でしょ?」


下川原君は、笑った。


「あのさ、私の事好きなのって友達としてだよね?」


「そう信じる方が幸せ?なら、それがいいかもね」


下川原君は、そう言って笑った。


「あのさ、百瀬さんがいじめられてるの…本当に浅倉さんが原因なのかな?」


「どうして?」


「もしも、俺のせいならって」


「わからない。私自身の問題だよ」


下川原君は、何かを考えていた。


「気にしすぎだよ。ねっ?」


「百瀬さん」


「何?」


「いつか、俺を好きになる事があったら、その頭の中の言葉を全部話してくれない?俺は、何も否定せずに聞くから」


私は、下川原君の言葉に泣いていた。


「俺を嫌いじゃなかったらさ。」


「なに?」


「きっと、百瀬さんは奪われるんだろ?」


「何の話?」


「母親の彼氏」


パリン…


私は、机の上の試験管を落としてしまった。


「下川原君は、ずっとそんな目で見てたんでしょ?」


「ち、違う」


「最低、気持ち悪い、変態」


「待って」


私は、下川原君の家から飛び出した。


何も悪くない。


下川原君は、何も悪くないのに…


「ただいま」


「おかえりなさい」


母親は、服を直していた。


「賢いな。約束守れたじゃん」


「別に」


篠君は、部屋に入ってきた。


「そろそろ、おばさんにも飽きてきたんだよなー。なあ、もうすぐ卒業だよな?理美」


「なに」


「あの時は、姉ちゃんがいたけどさー。もう、そうはいかないんだよ。理美」


髪の毛を撫でられる。


「勉強、教えてよ」


「卒業式、終わったら真っ直ぐ帰ってこいよ。」


「なんで?」


「いいじゃん。教えてやるから、いろいろ。」


チュッって、頬にキスをされた。


「本当は、俺が好きだって知ってるよ」


「ト、トイレ」


私は、立ち上がった。


洗面所の水を流して、頬を洗い続けた。


気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


部屋に戻った。


「赤いよー。そんな俺が嫌?」


「痛いです。」


右手首を押さえつけられた。


この人は、ずっと力ずくで何でも支配してきた。


「ただいま」


「残念。じゃあ、卒業式の日な」


父が、帰宅したお陰で助かった。


右手首が、ジンジン痛かった。


次の日、学校に行く。


「また、入ってたから片付けたよ。これ」


「もう、関わらないで」


上履きを無理やりとって、下川原君を睨み付けた。


「元気ないね。百瀬さん、大丈夫?」


「大丈夫だよ。」


浅倉さんと話した。


頭の中のお喋りが、静まらない。


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