K2

 集中すると腹が減る。

 いや集中してる最中は減らないが途切れると嫌になるぐらい減る。まあ四時間以上パソコンに向き合ってキーボードを打ち続けていれば減るのは当たり前だが、それにしても音が大きい。

 屁をひっておかしくもない一人者でもあるまいが、僕以外の誰も聞いていないであろう腹の虫の音を聞いて僕は思わず笑ってしまった。原稿がとりあえずひと段落して気が抜け昼飯を作る気力もないのをいい事に僕はコンビニに行っておにぎり二つと春雨サラダとペットボトル入りの日本茶を買って来た。

 僕と同い年であるこのアパートの壁を見ながら食べるおにぎりは、まずくはないがうまくもない。この部屋に以前住んでいた人間は、と言っても三十年ぐらい前の事になるだろうけど、いったいどんな食事を取っていたのだろう。

 

 板野和夫 12:39

 なんで木下スーザン先生はゲームにはまるようになったんだろうな。アイデアを得るにしても他の方向があるだろうに。担当さんに制限されるぐらいだってんだからいい加減落ち着けばいいのにと思うんだけど。

 板野和夫 12:41

 ああついでにうるさい坊やたちがいるので教えてあげるけど、僕がこの前言ってたのはムジカ・フォレストってゲームの攻略本だよ。600ページってあったけど、そんなに載せるほどの内容があるもんかねゲームなんて。


 木下先生の家で十年ほど前のゲームの攻略本を見せてもらったが、昨日見た攻略本の半分以下のページ数しかなかった。それより分厚い本を作って売れるのだろうか、いやそれだけ分厚い本を作ってしまえば1500円になるのも仕方がないだろうが、それで買う奴がいるのだろうか。

 って言うか、ムジカ・フォレストってゲームはそんなに売れてるのか?


 ―――――と思い適当にネットで検索をかけたら日本で500万、全世界で2000万だと言う。呆れ返る数だ。しかもシリーズの中で一番売れた作品の数であり、シリーズ累計では日本で1000万以上、世界では4000万以上であると言う。

 これがクールジャパンだと言われても言い返せないほどの本数だ。木下先生が心惹かれるのもわからない訳でもない、だが右へ倣えで追いかけていては作家は勤まらないだろう。世の流れに負けず意欲を抑え込む姿は実に素晴らしい。すぐ離職するような我慢の足りない連中に思い知らせてやりたい。




 アンチKKK@デパート勤務 水曜日は日曜日 15:18

 だってムジカ・フォレストってゴールのないゲームだもん、そんなんやらせたら木下スーザンさんが握り込んで離さず執筆が三の次になるからじゃん。俺だって知ってることをなんでまた(笑)




 ゴールがないだって、ムジカ・フォレストとか言うゲームは何だ?

 ゲームなんてインベーダーゲームの時代に軽く触って以来すっかり異世界の物体であったが、何らかの目的を満たしてクリアにたどり着く物であることぐらいは覚えていた。

 軽く調べてみたが、このゲームに目的なんて物はないらしい。あるとすればお金を稼ぎ、家のローンを返済する事ぐらいしかなく、あとあえて言えば年中行事を楽しみ住人である動物たちとの交流を深めながら音楽を演奏するぐらいだと言う。

 そしてその年中行事を楽しむには、本当に現実の時間が経過するまで待たねばならないそうだ。具体的に言えば、あとひと月もすれば七夕だが、そのあともう一度七夕の行事を楽しむには本気で来年の七月七日まで待たねばならないと言う。




 板野和夫 15:58

 そんなしちめんどくさいゲーム、よくもまあみんなできますね。本当、いい馬にはいい乗り手が必要不可欠だって事がよくわかりますよ。木下先生の担当編集者さんは素晴らしいお方です!




 やり終わってそれっきりではない、飽きるまでは永遠と言うアリジゴク以外のなんでもない物に貴重な人生のソースを割く必要はない。僕はあくまでも自分のなすべきことをなすまでだ。

 とりあえず早めに夕飯を作ってドラマの原稿の最終校正を終わらせよう。僕がこうして必死になっている中、仮面をかぶって必死に僕に向かって石を投げつけようとしてる坊やたちが何をしているのか。それを考えると、僕の筆は妙に早く進む。

 校正だからあわててはいけないはずなのにだ。


 やっと原稿が完成したのは午後八時。本当は六時半に終わっていたが念のための校正を三回も行った結果だ。明日は今日草稿をまとめておいた木下スーザン先生とのインタビュー原稿を清書する。




 アンチKKK@デパート勤務 水曜日は日曜日 20:28

 俺は忍耐力ないですけど、ムジカ・フォレスト2年続けてますよ。ああデパートの店員は8年目で、結婚生活は10ヶ月目…イエーイ浮谷に勝った~www

 PS:来月オヤジになります

 ハマチャン 20:37

 ああなるほど木下スーザンさんですか、でも木下さんってゲーム関係の知識も相当に豊富な方ですからしっかり学ばないといけないですよ。木下さんの英雄サンダーはお読みになりましたか?

 誰か三太郎 20:45

 取材相手の事もろくに調べないで取材に行くなんて、この人プロ?

 くぁふじこ 20:51

 まああえて頭空っぽにして取材に行こうかなーって、考えたのかもしんないけれどねえ

 どゆのう 20:59

 二度ほど記者時代に名前聞いたけど、あんまりいい記事は書いてなかったな。




 おーおーおー、脱稿の後ひとっ風呂浴びてみたらまあずらずらと雁首そろえて腰抜けの坊やたちが…いや、どっちかって言うとがけ下に自ら向かうネズミみたいだ。まったくどうしてこのドブネズミ、いやドブネズミと呼ぶにも失礼な腰抜け君たちは僕に突っかかって来るんだろうか。他に娯楽がないわけでもあるまいし、いやあるいは僕に殴り掛かることが最大の娯楽なのかもしれない。


 板野和夫 21:04

 いや~、キミたちのおかげで仕事がはかどるの何の。僕はキミたちのような実名ではなーんにも言えない臆病者を見るのが大好きなんだよ。キミたちの事を考えているとそれだけでワクワクしちゃって、もう…


 本音だ。裏も表もない本音だ。でもまだだいぶ甘やかしているつもりでもある。

 心底から僕の事を嫌がっているのであれば、そうか匿名でコメントすることは自分の大嫌いな板野を喜ばせてしまう事なのであろうと察して恥じるか、それとも実名で自分の発言と向き合う責任を取るようになってくれるか、そのどちらかの行動を取ってくれるだろう。

 ましてやアンチKKKとか言ううぬぼれ屋坊やも言ってる事が嘘じゃなきゃ自分の行動を妻と子どもと言う存在に睨まれ続ける身分だ、自分の愚かさに気付けば最近流感のように流行っているという珍名奇名を付けるような馬鹿な真似はすまい。




 無論、ドラマの解説や作家とのインタビューを軽視しているつもりはない。

 だがせっかくフリーとなった手前、もっと大きな事象に挑みたいと考えるのは自然な成り行きではあるまいか。とりあえずこの木曜日は木下先生とのインタビューの原稿を書き終え、そして明日はその仕事に向けての下調べ、あさっては木下先生が参加するパーティだ。



 二十五年に渡り君臨を続ける地方議会の大名様。

 父の威光を笠に着てろくに就職もせず父の議員秘書となり、その後国会に出た父の後継としてダントツ当選。

 それ以来時代の変化など他人事だと言わんばかりにずっと議会にしがみつき市長を事実上の傀儡に仕立て上げ好き勝手に振る舞っている、そういう話だ。

 実にわかりやすい二代目様であり、実際に彼の好き勝手な議会運営に悩まされている人間は多い。それなのに僕がいたとこも含め大手メディア連中は知らぬ存ぜぬ。たまに話が上がってくる事もあったが、調査不十分の一言で却下された。この調子だとどうやら警察その他も同じだろう。


 その人たちの為にも、僕が立ち上がらなければいけない。まあ相手は手強そうだから、出版社時代の仲間たちにも協力してもらわねばならないかもしれない。でもまずは僕が道を切り開く、それが役目という奴だろう。


 まあとりあえずは目前の仕事だ、木下先生とのインタビューをまとめねばならない。いやその前にドラマの原稿の送付か。メールソフトを開いて原稿を添付してメールアドレスその他を打ち込んで送付って言うアイコンを押せばハイ終了だなんて、実に手軽だ。

 ただこの手軽さが嫌な方向にも働いてしまっているのもまた目を背けてはいけない現実だ、ボタン一発で世界を破滅させられるような兵器なんか作るんじゃないよふざけるな全く。




 取材メモを見つつ記憶をたどりながらインタビューの内容を清書し終わったのは、午前十一時だった。早起きして早めに朝食を取りそのまま作業に入り始めたせいか、予想外に早い。もちろん後でもう一回見直すつもりだが、こうなると余った時間を次の大仕事の資料探しにあてた方がいい気がして来た。

 そんな訳であてにならないとわかっていてもインターネットの情報を軽く漁り、そして当たり障りのない上っ面の情報をダウンロードしそしてプリントアウトした。裏に潜んでいるであろう醜悪な物を想像して右手で軽く胃を押さえ、水を一杯飲んで戻ってくるとツイッターにこんな書き込みがあった。




 K2 12:25

 ムジカ・フォレストってね、可愛い顔して泥沼みたいなもんですよ。私の知り合いもみんなはまりこんでゲーム機を手放せなくなっちゃってましてねえ、二年も経つってのにまったく物凄いですよ。




 木曜日って言う平日のこんな時間からよくもまあこんな事を…この前の坊やはデパートの店員で水曜日が日曜日ですからって逃げ出したが、この坊やはどうだか。あるいはお嬢ちゃんなのかもしれないが、いずれにせよろくな仕事はしていないだろう。

 と言うかアンチKKKとか言ういかにもワタクシ差別主義者様が大嫌いなゴリッパなニンゲンですなんて言う仮面をかぶるような奴がいるデパートなど、僕は行きたくない。と言うか知らず知らずのうちに行ってしまってそんな奴の懐を潤わせてしまっているかもしれないと思うと本気で寒気がする。




 板野和夫 12:55

 最近多いなあ、平日の真っ昼間からこうやって意味のないことを吹き付けてくる暇人おばかさんが。言いたい事があるんなら名前を出して言ってくれます?僕に耳を傾けて欲しいのであればね。あ、別に傾けて欲しくなかったんですよね、言いたい事だけ言って帰るのがせいぜいの腰抜け坊やは。




 ニートか、学生か、さもなくばこの前の様な水曜日が日曜日とか言う変わった勤務体系の坊やか。どれでもない奴がこんな時間帯に暇を持て余してこんな無意味なツイッターをする訳がない。三番目ならば許してやってもいいが、一番目ならばとっとと働き口を探して来いとしか言いようがないし、二番目ならば勉強しろとしか言えない。まあ考えてみれば今は昼休みの時間帯だからゴリッパな社会人様が本当に昼休みの合間にこんな事をやっているのかもしれないが、それはそれで哀れ以外の言葉が出て来ない。




 K2 13:00

 手厳しいなあ、まあこれでも私52の男でしてねえ。まあ今は昼休みの最中ですが




 52…五十二歳だと!まったく呆れたなとしか言いようがない。五十二の男がこんな時間帯からまともに名前も名乗れずに僕にこんなツイートを投げかけてくるだなんて!あと二年もすればこんな男と同い年になってしまうと言うのか!

 ああ、今日ほど年を取るのが嫌だと思った日はない!どうせリストラに遭ったか、さもなくともまもなくリストラに遭うような無能だろう。もしかして僕がいつも名無しの権兵衛君たちに対して坊や坊やって言ってるから、坊や呼ばわりされるのがヤダヤダって言う大安売りのプライドで五十二歳などと言う仮面を被っているだけなのかもしれない。名無しの権兵衛などと言う情けない仮面を被って吠え掛かって来るような程度の低い五十二歳を、僕だったら雇わない。




 板野和夫 13:06

 52だって?25か22と打ち間違えたんでしょ?今なら間に合うよ?

 K2 13:08

 いえいえ、わたくしれっきとした五十二歳のおっさんです。これでもまあ一応会社では重役をやっておりまして、よろしかったら明日もうちょい話しましょう。明日は休みでその代わりと言うべきか日曜日がフルタイムなんで(苦笑)




 重役!

 まあ五十二歳となればそれぐらいの地位を得ていてもおかしくないだろうが、どこの会社だか知らないがこんな人間が重役を務める会社など先は長くないだろう。

 今度調べ上げてその仮面をはぎ取ってやりたい。そしてこんなつまらない事をするような人間が重役を務めている会社の商品なんぞ何の価値もないって言ってやりたい。

 痛い思いをするかもしれないがそれもまた親切って言う奴だ。まあどうせ面と向かって僕と会話する度胸なんぞないだろうし、五十二歳なんて言うのもデタラメかもしれない。重役ってのもデタラメかもしれない。




 板野和夫 13:12

 いやーっはっはっは!!あなたのような愚鈍なお方のおかげで実に仕事が捗りそうです!ありがとうございます、本当にありがとうございます!!




 本音だ。まごう事なき本音だ。実際、このつぶやきを終えて木下先生とのインタビューの原稿を清書し始めたが実にすらすら進む。

 高揚してしまっていかんいかんと落ち着こうとした事も何度もあったが、その度に可愛い名無しの権兵衛くんたち、とりわけその筆頭であるK2とか言うおばかさんの事を思い出して顔が緩んでしまう。そのたびに顔を張ったり頬をつねったりして気合を入れてみたが、どうしてもダメだった。


「ゲームとかだとね、ストーリーと全然関係なさそうな人間がポロッとヒント言ったりすることもあるけれど小説だとそうは行かないのよね。遊びは必要なんだろうけど無駄は許されないからね」


 小説を書くにあたって、いっぺん出て来てそれっきりと言う人物に重要な役目を与える事はできない。そんな事をすればその人物は書き手にとって全く都合のいい道具であり、読み手はすぐにその存在に気付く。だからこそ重要な役目を担うことになる人物は、より深く書き込みより自然に動かさねばならない。もちろん主人公もしかりである。それができているからこそ木下スーザンと言う小説家は一線で活躍し続けられている。

 だがゲームではそうもいかないらしい、確かに町の中に役目を持った人物しかいないと言う光景を描こう物ならば殺風景を通り越した何らかの悪夢である。町の空気を作るという役目を与えられた群衆たちが、スタッフに与えられた好き勝手な事を言う。彼らはただそれだけの為に作られ、それきり他の何をすると言う事もないらしい。まったく哀れな存在だ。

 僕からしてみれば、ツイッターに湧いている腰抜け坊やくんたちはそれと何も変わらなかった。男性A、女性B、老人Cと言う整理番号の代わりのようなしようもないネーミングの羅列、そして何度見ても言う事が何にも変わらないって言う二つの現実。

 なるほど、僕の気分が今高揚しているのはゲームをただでやっているような気分だからか。まったく、我ながら実に気分がいい。

 お金と時間を節約しつつこんなにいい気持ちになれるだなんて僕は実に幸運だ。そう思うと頬が緩んでしまうのも仕方がないのかもしれない。って何言ってんだ落ち着け、今は木下先生とのインタビューの校正が先だろうが。いやー、それにしても普段は顔をしかめたくなるほど苦いはずの青汁が今日は実にうまい。本当にいくら礼を言っても言い足りないぐらいだ。




 今日の仕事はおしまいだと思ったのは、午後七時半だった。ウキウキしながら校正を二度も済ませる事ができたおかげで、カップ焼きそばと野菜サラダだけのわびしい夕飯も実にうまい。この調子なら今度の大仕事もうまく行きそうだ。

 と言うわけで、寝る前にちょこっとツイッターを見る事にした。今日もまた、僕をこんなにいい思いをさせてるとは知らずに匿名の臆病者君たちがやって来るのだろう。言っておくけど僕は一応、警告はした。どうせ見ないだろうけど。




 俺のに就職希望な男 19:32

 まあそういう話は昔からあったようだけどなあ、ほらこれ




 これと言う投げやり極まる三人称代名詞に三秒でつけられるアンダーライン、この意味不明な言語でできた仮面の腰抜け坊や君は一体何を貼り付けたと言うのやら。


 何々、やっぱりおかしい板野和夫!?


 はっ、見た所二ヶ月前に地域の防災問題について軽く発言したのに対しつまらない臆病者の坊やがうじうじぐだぐだと絡んで来るもんだからその都度丁重に対処してあげただけじゃないか。どうせ鳥頭なんだから、ひとつひとつ丁寧にだからキミの見識はそれこれこういう理由でいけないんだよって説明しただけのにまったく往生際が悪い事悪い事、と思ったらまとめ上げたのは別の奴じゃないか。まあ、今までの経験上臆病な人間は集団で群れなきゃ何にもできやしない。その事はわかりきっている。


 果たせるかな、見てみた所まったくその通りだった。誰も彼も大っぴらに自分が何様であるか証明さえしようとしないで絶対に安全な場所から僕に向けて石を投げている。今度印刷でもして仲間たちに送り付けてやりたい、ああこんなもんを見てるとおかしくって腹が減る。




 誰か三太郎 19:39

 うっわー……

 TT(津野智雄) 19:45

 俺なら話聞いてくれますかねえ、15歳の高1ですけど

 誰か三太郎 19:5Ⅰ

 あのーすんません、この板野和夫って人頭おかしいんですか?

 TT(津野智雄) 19:53

 あるいはドMなんすかねえ。




 で、人のスペースを勝手に使っている図々しいくせに勇気のない、まとめ先にあふれ返っている名無しの権兵衛君たちの同類項とやらも案の定負け犬の遠吠えをしている。ああ気持ちがいい、今夜もぐっすり寝られそうだ。

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