第5話:真相解明

 ピンポーン。

 子供の頃から押し慣れた、青山家のインターホンを押した。

 取り敢えずカメラに向かって全力笑顔で手を振る。

『美沙っ! ――あっ』

 スピーカーから、私の名前と、自分のうっかりに気付いた紅葉の声が聞こえてきた。

 自転車もガレージに置いてあるし、やっぱり家に居たね。

「紅葉、どうして休んだの? 話したいんだけど、良い?」

『……他に誰かいる?』

「居ないよ、私一人」

『……上がって』


 スピーカーがプツリと途切れて、ドアの所でウイーンと鳴った。

 開錠ボタンを押して、紅葉が鍵を開けてくれたのだ。


「おじゃましまーす!」


 靴を横側に揃えて、家に上がる。

 そう言えば、家の中に入るのは中学に上がって以来だな。


「紅葉、どこー?」

「こっち……、リビング……」


 あまり聞いた覚えのないくらいに静かな紅葉の声がかろうじて聞き取れたので、勝手知ったる青山家のリビングに入って行く。

 ソファに座る紅葉は、ひざの上でこぶしを弱々しく握り、控え目に私を見上げている。


「私が休んだ理由、……分かっちゃった?」

「ええ、もちろん」

「……そっか。美沙には、隠しておきたかったんだけどな。聞かせてくれるかな、美沙の推理」


 開き直ったのか、紅葉は私の顔を真っ直ぐに見据え直した。


「ええ、紅葉が学校を休んだ理由、まずは可能性が否定される方から確認していきましょうか――」


 私はまず、3時間目に考えていた事件や事故、病気の可能性を消した推理から紅葉に披露して聞かせた。


「そうだね。お昼とかならともかく、通学時間中にここから学校までの間での犯行は出来ないと思うし、事故や病気の事も、流石は美沙って感じ」

「えへへへ」


 紅葉に褒められて、ついつい笑い声が出る。


「次に、前髪を失敗したって意見も出たけど……。って、切ってはいるんだね、紅葉……」

「うん、ちょっと切りたい気分になっちゃって。それで見事に失敗したけどね、これくらいじゃ私は休まないよ?」

「だよね。それは否定しておいた」


 紅葉と微笑み合う。


「あと、自分探しなんて意見も出たけど、これも紅葉には当てはまらない」

「うん。私は自分で探す必要なんて無いし」

「え?」

「だって、美沙に聞けば私の良い所も悪い所も、全部教えてくれるもん」


 たまに紅葉が『直した方が良い所とかあるかな』って聞いてくるのは、そういう事だったのか。そういう時の私は、大体悪い所1割、良い所9割で答えるんだけどね。


「それで、名探偵美沙ちゃん。私が休んだ理由は結局何だった?」

「結論は、シンプルでした――」


 思わせぶりに言って、取り出したスマートフォンのメッセージアプリを開く。


「私が白壁君に呼び出されたって伝えた後の、この心がこもらない『へー』。これに答えがあったのです」

「へー」

「この後、私は彼に告白された。つまり、紅葉は白壁君の事が好きで、彼が告白する事も知っていて私に取られると思ったから、私と顔を合わせたくないと思って休んだのです!」

「うん」


 よし、これからその後に断った事を伝えて、ひたすら謝って……。


「――違うよ?」

「……え?」


 ……間違えた? この私が? 紅葉の事を?


「白壁君は確かにスポーツとかの事で気が合うし、客観的に見たらカッコいいとは思うんだけど、でもそれだけ」

「そうなの?」

「えっと、……うちのクラスの万梨阿ちゃんとかには話は聞かなかった?」

「聞いたけど、……って言うか、万梨阿ちゃんはめちゃくちゃ心配していて、積極的に情報提供してくれたけど……」

「そっか、じゃあ明日謝っておかなきゃね。でもそれなら、私が『好きな男子は居ない』って言っていたのは聞かなかった? 最近した恋バナなんだけど」

「それは言っていたけど、でも、照れ隠しとか、そうでも無ければ気持ちを隠しておきたかったのかなって……」


 うろたえる私をソファに座らせて、紅葉は私の肩に手を置いて言った。


「ねえ、美沙。私に居ないのは、『好きな男子』なんだよ?」

「……えっ、それって……」


 それは、私も聞かれた時に良く使う言い回し。好きな居ない。


「私は白壁君美沙取られた気がして、そんな美沙の顔を平気な顔で見られる気がしなかったから休んだの。呼び出されたって報告も、何か嬉しそうに見えたし」

「そうなの?!」

「惜しかったね、美沙。最後の最後で、常識に囚われて真相を見失っちゃったかな。どんなに可能性として有り得ない事でも、最後に残った物がいかに奇妙な物であっても、それが真相なんだよ」

「うぐっ」


 私が敬愛する、ホームズ様のお言葉!


「悪意の無い証言は、疑うべきじゃなかったね。言葉通りに受け取るべきだった」

「うー……んむっ」


 悔しがる私の唇が、不意に柔らかい物で塞がれた。

 ややあって、紅葉の顔が離れて行く。私の目を、じっと見たまま。


「私が好きなのは、美沙だよ。……美沙は?」

「……私も、紅葉が好き……」

「今日休めば、美沙がそういう推理をしてうちに来てくれるんじゃないかと思ったよ」

「……むぅ」

「本当は美沙にも言わずに隠しておこうと思ったんだけど、美沙の口から直接私が白壁君の事を好きだと思ったって聞いたら、我慢できなくなっちゃった」


 ペロリと舌を出す紅葉。

 それは嬉しいんだけど、でも推理が外れたのと全部読まれていたのは悔し過ぎる。

 それに明日、皆になんて報告すれば良いんだろう。

 推理ミスもそうだけど、こんな関係、誰にも言えるわけが無い。


「ねえ、美沙、……んんっ」


 取り敢えず、紅葉を抱き寄せて口付けのお返し。


 ――まあ良いか。開き直って、明日は手を繋いで……それも恋人握りで登校してやろう。




      <了>

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あの紅葉が学校を休んだ。 はるにひかる @Hika_Ru

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