コンビニ

 俺の働くコンビニには業務マニュアルにはないルールがある。決まって三時二十七分に来る客についてのルール。

 そいつとは目を合わせてはいけない。来店したら必ず挨拶をする事。会計の時必ずトレーを使うこと。このとき小銭以外には絶対に触らないこと。

 小学生のひどい虐めのようなルールだがこれは厳守しなければならないらしい。

 らしいというのは実際に対応したことがないから。話だけ聞いてはいたが実物を見るだけで、なんだただの人じゃないかと拍子抜けした。しかしよく見てみれば珍妙で、真夏なのに膝丈のトレンチコートを着ているし長い髪の毛は濡れてしとしとと滴が垂れている。呪いのビデオよろしくな出で立ちに俺たちは裏で彼女のことを貞子と呼んでいる。

 さて、なぜ俺がこの話をしたかというと夜勤のシフトを臨時で増やされたからだ。もとをたどれば夜勤シフトのアルバイトが無断欠勤をしたまま連絡がつかなくなったからだ。もともと夜勤で働いていたし代打で出勤することもあるから問題はなかった。給料も増えるし。


 聞いた話によると、消えたアルバイトは貞子を接客するとそのまま消えてしまったそうだ。その日棚卸しがあるとかでたまたま店長も出勤してたそうで、いつものように貞子が来店したことをバックヤードのカメラ映像で確認した。しかし、しばらくして店で誰かが呼んでいる声に気がついた。モニターを見るとレジに誰も立っていない。慌ててレジに出るとたばこを買いに来た新聞配達員が困って立っていたそうだ。

 なぜ消えたのかはともかく深夜枠に開いた穴は埋めなければならない。新規のバイトが入るまでの穴埋めとして俺が駆り出された。今までも貞子が来店するタイミングにたまたまレジに立っていなかっただけで貞子を見たことがなかったわけではない。だから店長も俺なら大丈夫だろうとシフトに組み込んだ。

 しかし、今の状況はどうだ。貞子が来店し電子チャイムがなった。簡単に挨拶を済ませ商品をもった貞子がカウンターに置く。バーコードを読み込み合計金額を伝える。貞子は使い古されくたくたになった小銭入れを取り出す。いくらか出そうとしてよれた財布の口を開くと震える指の隙間からボロボロと音をたて小銭をばらまいてしまった。咄嗟に俺の手がカウンターに押さえつけた。台の下に転がると面倒だし何より早く帰って欲しかった。それにどれも小銭だから触っても無問題なはずだった。

 その瞬間貞子の口角がぬるぬるとつり上がりうっすら開いた口の隙間から黄ばんだ歯が見えた。

 伏せた手のひらを開くとそこにあったのは、いくつかの小銭と四つ穴の開いた親指大の釦だった。よく見ると貞子のトレンチコートの釦穴からほつれた糸が垂れている。

 しまった。そう思ったが何がいけないのだろうか。ただ貞子はにやけただけで何もして──。

「さわった」

 貞子の頭が落ちてきた。ゴトンとひどい音がカウンターに鈍く響く。ちょうど俺の手の真横。貞子の湿った髪がナメクジのように這っている。

 そしてこのとき初めて貞子と目があった。二つ目のタブー。目の縁は乾き黄ばんだ白目と濁った黒目。視線を震わせながらぎょろりと俺を見上げている。

「行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ」

 ……そうか、行かなきゃ。

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