第2話 騎士の鎧 <前編>


砂の都ウルダハをひとりの男が歩いている。


油が塗り込まれ鈍く光る甲冑。腰には使い込まれた長剣、背中には淡く光を放つ大楯が見える。これにはおそらく魔法の加護がかかっているのだろう。

前を見据える静かな眼差し、日に焼けた赤銅色の肌には無数の傷跡、灰色の髪の毛と豊かな髭。全てが歴戦の冒険者であることを示している。


小国の騎士団長だったとも、謀反の濡れ衣を着せられて大国を出奔したとも言われている。


その経歴の大半は謎に包まれているが

剣と盾を扱わせたら右に出る者はなく、

その誠実な人柄はウルダハでも一目置かれていることは揺るぎない。


男は歩き続ける。甲冑に身を包んでいるにもかかわらず、男の歩く音はほとんどしない。

喧騒に包まれたこの砂の都で、男は静寂のベールに包まれているようだ。





冒険者ギルドの入り口から少女が飛び出してきた。

男の前に立ち止まると大きく手を広げて叫んだ。


「冒険者様!お願いが!お願いがあるんです!!」


男は立ち止まり、腰をかがめ少女と目線を合わせる。


少女は父親の護衛を探していた。

郊外の村へ仕入れの旅に出るのだが

ここ最近、街道に魔物が出るという噂が立っているのだ。

父親の身を案じた少女はギルドに依頼を頼みにやってきたが断られたのだろう。


「都の周りに危険な魔物なんていないっておとうさんもおかあさんも言うけど、

なんだか嫌な予感がするんです。どうか冒険者様、おとうさんをお助けください!」


少女は大袈裟に頭を下げると小さな皮袋を差し出す。中には小銭が詰まっていた。


男は立ち上がると少女の手を優しく握り、声を掛ける。

「おとうさんはどこにいるんだい?おじさんがその依頼を引き受けよう」

「本当に!?ギルドの人にはぜんぜんお金が足りないって……」

「そんな事ないよ、十分な報酬だよ」

「お父さんはザル大門で旅の準備をしてるの。場所を教えるからついてきて!」





「おっさん!おっさん!」


 今度は野太い男の声。見ると日焼けしたルガディン族が立っている。


「なんかいい依頼紹介しておくれよぉ。もう荷物運びとか力仕事したくないんだよぉ。」

「アルベルトか、すまんがちょっと急いでるんだ。また今度ゆっくり話をしような。」

 アルベルトは大きく手をひろげ、進路をふさいで食い下がる。

「おっさん怪しい。なんかいい依頼受けたんじゃないのか?なんか依頼受けたでしょ?俺にはわかる。抜け駆けはずるいぞ!俺にも分け前をよこせ!!ぐぎぎ!」

 子供のように地団駄を踏んでいる。

「落ち着け、落ち着け。この子を父親のところに送ってるだけだよ。」

 アルベルトがじっと少女を見る。少女は男の後ろにサッと姿を隠した。

「ふーん。ほんとに?なんか訳ありなんじゃない?ほんとに父親のところに送ってるだけ?」

 疑り深い眼差しで少女をジロジロと眺めている。娘は怯えているのか小刻みに震えている。

「嘘なんかついてどうする。そういえばギルドの顔役が探してたぞ。貴婦人から問い合わせが殺到しているって」

「げ。本当?それはまずい。まずい。もうあんな思いはしたくない!!」

 そう叫ぶとアルベルトは転移魔法でどこかに消えてしまった。


「時間を取らせてすまなかった。もう大丈夫だ。おとうさんのところへ急ごう」

「あの人誰?すごく怖かった……急に消えちゃうし。魔法使い?」

「アイツも冒険者なんだよ。古い付き合いでね。あれでも一応は助太刀しようと声をかけたつもりらしい。不器用っていうか、ほとんど挙動不審だけどね」

「ほんとに!?盗賊が冒険者さんをおどしているのかと思った。」

「おじさんあんなやつに脅されったて一撃だよ。それにしてもアルのやつ、一体何をしでかしたんだ?ギルドから逃げられる訳ないんだが……」





 ザル大門に到着すると、少女はチョコボキャリッジに駆け出していった。

 その先には質素な身なりの商人がテキパキと荷造りをしている。

「おとうさん!!!」

 商人は振り向くと駆け込んできた少女を抱き止める。

「お、見送りにきてくれたのかい?いい子だね」

「違うのおとうさん、冒険者さんを連れてきたの!」

 商人と目が合う

「旦那!!なんだかうちの娘が迷惑かけてしまったみたいですいません!!」

 商人はペコペコと頭を下げた。

「ちょうど私もあの村に用事がありましてね。チョコボキャリッジに乗せてもらえるとありがたいなと思いまして。近頃魔物の噂もあるようですし、いかがですか?」

「そりゃあ、旦那にはいつもお世話になっておりますんで、お安い御用ですが……」

「おとうさん気をつけてね。冒険者さんが守ってくれるからね!」

「お前は一体旦那に何を頼んだんだい?この方は大変立派な冒険者様でそんな気軽に…」

「いやいや、本当に同行させていただきたと思っているだけですから。」

「そうなんですか?旦那がそこまで言っていただけるんであれば私も安心なんですが…」

「冒険者さん、おとうさんをお願いします!」

 ペコリと頭を下げると少女は来た道を引き返して行った。

「しかし、護衛だなんて大袈裟な…なんだか迷惑かけてしまってすいません。

 あんな村に用事なんてないでしょう?」

「鎧に塗り込むのはあの村のオリーブオイルと決めているんですよ。」

「そんなもん私に言っていただければ樽で仕入れますのに、あの子のためにありがとうございます。」商人は深々と頭を下げた。

「いい娘さんですね」

「はい、誰に似たのか素直に育ってくれて……」





 荷造りを終え、男が荷台に腰掛けるとチョコボキャリッジが動き出す。

 ザル大門の向こうには抜けるような青空が広がっていた。

 乾いた風が赤い砂漠をなでていく。


「すまんなアルベルト、こんな依頼は久しぶりでね。ゆっくり楽しませてもらうよ。」


 男が髭を撫でるとそれが合図だったかのようにチョコボが鳴き声をあげる。

 キャリッジは目的地へとのんびりと進んみはじめた。


 <続く>

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