第3話 騎士の鎧 <後編>
砂漠を2頭のチョコボが疾走している。
巻き上がる砂埃の向こうに二つの人影。赤毛の獣人と褐色の大男。
「本当に見たんだろうなぁ!!」大男が叫ぶ。
「確かに見ました。あれは手配書に載ってた魔物でした!まだハンター達も気づいてないと思います。今倒せば賞金は二人で山分けですよ!」獣人が答える。
「よしよし今日はケナガウシのステーキだ!たらふく食うぞう!」
「そういうのって、取らぬチョコボの皮算用っていうんですよ!知ってますか?」
「チョコボの皮を剥ぐやつがいるか!チョコボの羽算用だよ!」
「アルさん頭いい!!」
「ガハハ!俺は頭脳派ですからね!!」
チョコボがぶるぶるっと頭を振った。近くに見知らぬチョコボがいる時の仕草だ。
「む、チョコボがブルったな。もう誰か向かってるのかも。」
「そんなはずないです。魔物を見かけたの1時間くらい前ですから」
前方に目を凝らすと砂煙を巻き上げながらチョコボキャリッジがこちらに向かってくる。
「誰か襲われてるのかも!急ぎましょう!!」
獣人がチョコボにムチを入れスピードをあげる。
「おい!ダスティ!抜け駆けするなよ!!」
「旦那方!今、騎士様が魔物を引きつけてます!魔物の数が多い!加勢してあげてくだせぇ!」商人と思しき男が大声を張り上げる。
二人は商人に手をあげて答えるとそのまま砂煙の中に突っ込んでいった。
砂煙を抜けると羊ほどの大きさの蜘蛛に似た魔物が群れをなして何かを襲っていた。
チョコボから飛び降りると杖を構える。
横を見やるとダスティは輝く手甲を構え、左右にステップを踏み始めていた。
「精霊よ来れ。旅人には祝福を我が敵には裁きの刃を!アサイズ!!」
アルベルトが詠唱すると、身体から翠のオーラが放たれる。
オーラに触れた魔物が次々と吹っ飛んでいった。
それに合わせるようにダスティが雄叫びと共に群れに飛び込んだ。
「キュイーン!ドカーン!!!」闘気をまとった回し蹴りによりさらに数匹の魔物が空高く打ち上がっていく。
「まぁ、雑魚だな。余裕だな」アルベルトがニヤリとする。
二人を警戒した魔物がジリジリと後退していく。群れの中心だった場所に男が立っているのが見えた。
「アルさん!あれ!!見てください!」
「おお。あれが噂の騎士様か……ってあれ?」
「アルさん……あれゼノウさんじゃ?……でも、なんで裸に……」
「ああああ、やっちまってるぅ!!!」
「やっちまってるってどういうことですか?」
「ゼノウは昔『神速』って呼ばれてたんだよ。戦況によって重装と軽装を一瞬で切り替えて戦場を駆ける凄腕で、そりゃあ強かった。それがいつの頃からか力が暴走するとパンツ一丁になるようなった。噂では特殊な趣味とか、戦争を憎んだ女神の呪いだとか……」
「ええ!なんですかそれ!聞いた事ない!!その呪いって解けないんですか?」
「そんなもん知るかよ!!本人に聞け!しかしさすがにパンツ一丁だとまずい」
二人はゼノウに駆け寄る。
「あらぁ!アルちゃん、ダスちゃん。こんなところで奇遇だねぇ。助太刀いらないって断ったのに着いてきたの?心配性だねぇ」
振り向いたゼノウの目はなんだかトロンとしている。
「アルさん!ゼノウさん、なんだか口調も変!」
「パンツ一丁になったゼノウはほろ酔いなんだよ……理由は聞くな!知らんから!!!」
「3人で戦うのも久しぶりだねぇ。よぉし、それじゃあ張り切っちゃうぞ!!」
ゼノウは両手を天にかがけて叫んだ。
「汝、刮目してみよ!フラッシュ!!!」ゼノウの身体が一瞬激しく光りを放った。
魔物が赤く光る。ギチギチと顎を鳴らす音。
興奮状態になった魔物は3人を威嚇する。近くの洞窟からさらに魔物が出てきている!
「うへぇ!おっさん挑発しやがった!!本気出すぞ!ダスティ!」
「それってひょっとしてダジャレですか?つまんないです!」
ゼノウの挑発により魔物の数は数倍に膨れがっていた。こうなるといくら弱いモンスターでも苦戦を強いられる。
「アルちゃん、ヒールが薄いよ!痛い!噛まれた!ヒール!ヒール!!」
「おい!ダスは早く魔物を仕留めろ!!キリがない。ゼノウはなんとか鎧を出して!!」
「アルちゃん、違うよ鎧は壊れたんだよ!!しょうがないんだよ」
「一人じゃ厳しいですアルさん。アルさんも攻撃してください!ホーリー!ホーリー打って!!」
「鎧壊れてパンツ一丁になるか!アホ!!鎧の残骸ひとつ残ってないじゃねぇか。今ヒール止めたらゼノウのパンツまでなくなっちまう!!そんなの見たかないだろう?ホーリーは後回しだ!」
あらかたの魔物が動かなくなった時、洞窟から赤く輝く8つの瞳持つ巨大な魔物がゆっくりと姿を見せた。見上げるほど大きな蜘蛛だ。
「おいおい、ここで手配書の魔物が登場かよ…もうヘロヘロだぜ…」
「わたしももう手が上がんないかも…なんか身体がベタベタするし…」
「二人とも若いのに!だらしない!!そんなじゃ戦場の風になれないぞう!!」
ゼノウは元気だ。魔物に向かって走り出す。パンツ一丁で。
「ああああ!行っちまったぁ!もうだめだぁ!おしまいだぁ!!」二人が叫ぶ。
その時だった。魔物の上に幾重にも重なった紫紺の魔法陣が現れ、青い雷光がそれらを切り裂く。雷光はそのまま魔物の身体の右半分を空間ごと抉り取った。
「あれって、竜騎士の技じゃないですか?すごい!初めて見た!!」
ダスティが興奮してアルベルトの身体揺さぶる。
しかしすでに致命傷を負ったはずのその魔物はなおも残った腕を激しく動かして目の前にいるパンツ一丁の騎士を押し潰すがごとく進んでくる。
「いかん!ゼノウが潰される!!」
アルベルトは目を閉じると詠唱した。
「精霊の手よ!疾く!疾く!手繰り寄せよ!!」ゼノウの身体が黄金色に輝くと見えざる手によってアルベルトのもとへ引き寄せられる。
ゼノウはピクリとも動かない。
「間に合わなかった?」アルベルトは恐る恐る目を開く
なんとゼノウはすやすやと寝息を立てている。
「寝てるんかい!!」アルベルトはゼノウを地面に叩きつけた。
「ダス!トドメだ!!」再び魔物に向かう。
激しく動いていたはずの魔物がピタリと動きを止めていた。
いつの間にか双剣を構えた小柄な女性が魔物に背を向けて立っている。
「あれ?いつのまに!?」
刹那、魔物の身体が真っ二つにズレていき大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。
アルベルトとダスティは魔物の死骸にゆっくりと近づくいていく。
竜騎士がこちらに気付いたようで、手を振ってきた。
「あれ!アルさんじゃないですか!!どうしたんですか?」
竜騎士が兜を脱ぐと、意外にも幼さを残す顔が現れた。
「ソウジロウ!お前だったのか、なんで俺たちがいるってわかった?」
「いや、偶然ですよ。久しぶりに大物が出たって聞いたんで倒しにきました!」
アルベルトはまだ双剣を鞘に収めようとしない冒険者の方に顔を向ける。
「コッペがソウジロウと組むなんて珍しいな」
「気安く声をかけるな、デブ」
小柄だが、頭部にツノが生え、身体のあちこちに硬い鱗も見える。
もう一人の冒険者は遥か東方に住むアウラ族の女だった。
「見た目は可愛いのに相変わらずの毒舌!!」
「あれ、コッペとアルさんってまだ仲が悪いんですか?」とソウジロウ
「俺は特に何かしたつもりはないんだけどな。違うか?」
「もう魔物は倒した。さっさとギルドに戻って賞金をもらおう」
コッペはアルベルトを無視してソウジロウに声をかける。
「おいおい!冗談じゃない、こっちは大変な目にあったんだ。賞金は4人で山分けだろう?」 アルベルトは両手を大きく広げて抗議する。
「おいデブ、お前あの魔物に指一本でも触れたか?あん?」コッペは一瞬で双剣を抜くとアルベルトの首筋に刃を当てる。
「危ない!!やめて!!でも親玉を釣り出したのは俺たちだと思います!俺たちにも権利あると思います!」両手を精一杯あげながらアルベルトは情けない声を出した。
「ふん、それを倒したのはこちらだデブ。文句があるなら腕づく来い?あん?」
コッペがさらに刃を首に押し当てる。
「残念ですけどコッペは譲る気ないみたいです。まあ今度一緒にいきましょう!」
ソウジロウがコッペの腕を押さえながらアルベルトに向かって微笑むと
そのまま転移魔法を使って二人は姿を消してしまった。
「ああ、賞金が……」首をさすりながらアルベルトは嘆いた。
「結局タダ働きですね!アルさん!」ダスティは腰に手を当てて大笑いした。
「おおーい!みなさん!ご無事ですかぁーい!!!」
騒ぎが鎮まったのを見て、先程の商人が戻ってきたようだ。
「なんとか無事です!!!ゼノウさんをキャリッジに乗せてもらってもいいですか?」
ダスティがゼノウを抱えてキャリッジに向かっていく。
「お安い御用だよう!あれま!!なんで旦那はパンツ一丁なんだい?」
「女神の呪いです!!」
「女神?呪い?」
「詳しくは知りません!!!」
ダスティは楽しそうに商人と話している。
「俺のステーキ…」アルベルトは膝をつく
「こんな最悪な仕事ってあるかよ……」
アルベルトが見上げた空は雲ひとつなく、どこまでも深い青色をしていた。
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