第18話

 何か異様な雰囲気を感じたリアンは、たじろいだ。

 ――何……? どうしてそんな、怖い顔で……私を見るの……?

 よく分からない不安で、心臓がドキドキ鳴り始めている。

 「ご、ごめん……私、何か気に障るようなこと、した、かな……?」

 おそるおそる言ってきたリアンに、少年ははっとした様子を見せたあと、焦ったように大きく頭を振った。そうかと思えば突然リアンの腕を思いっきりぐいっと引っ張りだす。

 「うわっ!」

 予想外の少年の動きについて行けず、思わず驚愕の声を上げる。と同時に、リアンの引っ張られている腕に鈍い痛みが走った。

 ――痛っ……。

 骨が引っ張られた痛みに一瞬顔を顰めるが、自身の走る速度を上げることで、それ以上の痛みを感じないよう調節する。それでも速度が緩むことはなく、どんどん先へ進んで行ってしまう。

 「な、ちょ、ちょっと待って!」

 無理矢理歩かされ、どんどん海辺から離れて行く。柔らかい砂に、二人の足跡がくっきり残った。

 いつもの小道に入り、柔らかい砂利から硬い地面へと変わって足音もそれに伴い変化する。そして二人は森の中へ足を踏み入れた。

 「きゅ、急にどうしたの!? ねえ!」

 少年はリアンの腕をぐいぐい引っ張り、葉擦れの音を響かせながらひたすら突き進む。

 いつもと違うその様子に、リアンは不安が増すのを感じた。

 ――待ってくれない……! いつもと全然違う。一体どうして……!?

 訳が分からない。

 声をかけても止まらない少年に、リアンは一旦声を掛けるのを止めた。そもそも、会話ができないのだ。少年が何を考えて強行しているのか、リアンがその理由を知ることはできない。

 特に、今のような状態では尚更。

 少年はいつもの帰り道を辿っていたが、途中で向きを変え、横道に入った。

 リアンはそれに対し驚きを隠せない。

 つい、村に帰ると思っていたのだ。

 ――どこへ……!?

 たまらず、声を上げる。

 「ちょっと、そっちは道が違う……! どこに行くの!?」

 しかし、返ってくる答えはなく、木々や草花たちの葉擦れの音と虫たちの声だけが響き渡っていた。

 ――なんだろう……すごく、不安……。

 ひたすら突き進んで行く少年に引っ張られて行ったリアンだったが、数十分後、ようやく彼は足を止めた。

 少年の背後をずっとついてきたリアンだったが、さすがに疲れてしまい、軽い息切れを起こしていた。荒い呼吸を繰り返しているリアンを振り返った少年は、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 が、さすがにリアンも少し怒っていた。

 最後に大きく深呼吸をし、呼吸を整えたあと顔を上げ、少年を見据える。

 「どうして? 何があったって言うの? こんな所まで連れて来て」

 ずっと引っ張られ通しで、腕が痛かった事が怒りに拍車をかけていた。

 少年は、肩を落として俯いた。けれどもすぐさま顔を上げ、勢いよく目線を真横に逸らした。その眼は細められており、何かに警戒しているようにも見える。

 リアンの怒りはまだ消えていなかったものの、少年の様子が気になって目線を追った。

 そして、その風景を見た瞬間、リアンは驚きに目を瞠った。

 丘に立っていた。

 下は崖だったが、いつもの砂浜と海がある場所の真上に居たのだ。今まで自分が場所のどこよりも空が近く、高い位置に自分は立っている。

 森と、浜辺、海を展望できるその風景に、リアンは感嘆の溜め息を漏らした。

 その瞳は輝き、すっかり笑顔になっている。

 「すごーい! 高い!」

 周囲に忙しなく視線を走らせ、立ち位置を変えたりなどして風景に魅入っていたが、ふと我に返ると最初の立ち位置から動いていない少年に視線を移す。

 少年は、リアンがあちこちを歩いて見ている中ずっと目で追っていたのか、リアンが少年の方へ視線を戻したときお互いのそれがぶつかって一瞬心臓が跳ねたが、リアンはゆっくりとした動作で少年を見つめながら近づいて行き、手が届く距離で立ち止まると、緊張で唾を飲み下した。

 ――仕方なかったとはいえ、怒ったのは、いけなかった……よ、ね……。もしかしたら、この風景、見せたかっただけだったのかも……しれないし……。

 覚悟を決めて、リアンは上目遣いで少年を見ながら、おずおずと口を開く。

 「あ、あの……さっきは、……ごめん、ね……? 言い過ぎたよ……」

 そう言うと少年は大きく頭を振った。

 それを見て、リアンはいつの間にか入れていた肩の力を抜き、心からほっとするのを感じた。

 微笑みを少年に向ける。

 リアンは、いつものように少年が微笑みを返してくれると思っていた。

 何かの動物の雄叫びのようなものを、耳にするまでは。


 驚愕したリアンは、心臓が不安でドックンドックン鳴っているのを感じながら素早く周囲を見渡した。しかし、特に先刻と変わらないように見え、気のせいだったかと安堵の溜め息を漏らし、少年の様子を窺う為に視線を向け――――――……固まった。

 少年は、崖下を睨み付けていたのだ。

 おそるおそる、その視線の後を追う為に、自分のそれをゆっくりと動かしていく。

 そして、その双眸に映ったのは。

 

 見た事のない服を着込んだ、大勢の……人間達だった。

 

 それを見た瞬間、リアンの呼吸が止まった。

 得体のしれない恐ろしさで、体が震える。

 「な……に……、あれ…………」

 ――あそこは……だって……さっきまで…………。

 自分達が。

 立っていた、場所。

 顔色を真っ青にしたリアンが、おそるおそる、ゆっくりと、隣りに立っている少年へ視線を向ける。

 どうして、この少年は、あの大勢の人間達が、あの場所に姿を現すと解ったのか。

 考えたくはない。ないが……その可能性を、捨てきれないと思う、自分がいた。

 震える唇で、リアンは、疑問をそのまま口にした。

 「君は……あの人達の……仲間、なの……?」

 ――何者なの……?

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