第14話
「そうよ」
そう言うと母親はリアンの側まで歩いてくると両膝を床に付けて腰を折り、そっと伸ばした右手をその柔らかい頬に添え、撫でる。
母の表情は、少し悲しそうだった。
「ごめんね、リアン。でも、お母さんもちょっと……」
そこまで言うと、母親の言葉が途切れた。
なんといえばいいのか、考えあぐねているような表情。その様子を見て、リアンは微笑んだ。
安心させるように。
「大丈夫だよ、お母さん。ありがとう。……ちょっと私、横になっておくね」
そう言うと、ハッとしたようにリアンの頬にあった手が、そっと離れる。
「ええ、そうね……お母さんご飯作るわ。出来たら起こすわね」
そう言うと、母親は静かに立ち上がり側に座っている少年に微笑みかけ、台所へ向かって歩いていった。その静かに去ってゆく足音を聞きながらリアンはゆっくりと体を横たえる。
無意識に軽い溜め息が漏れた。
すると、ぽんぽん、と軽く腰を叩かれてリアンは肩越しに背後を振り返る。そこには少年が座っていた。
手は、少年のものだったようだ。
よくわからず、リアンはとりあえず少年に微笑んでみせると少年も笑顔を向けてくる。そしてまた少年の手が、軽くリアンの腰を叩いた。
手の温もりと、優しいタッチ、そしてそれが刻むリズムを聞いている内に、リアンは何故だか心が安らかになるのを感じていた。
――ああ……人の手って、気持ちいいな……。
首が痛くなってきて、リアンは視線を正面に戻す。
少年の手が紡ぎだす穏やかな時をじんわりと感じながら、リアンは目を伏せた。
――なんだか……本当に、眠くなってきちゃった……。
だんだんと意識が薄れてくる。
微睡みの中、リアンは意識を手放す前に、囁くような声で呟いた。
「……ありがとう……」
小さいそのリアンの声を、少年の耳は鮮明に拾い、少年の顔には嬉しそうな満面の笑みが浮かんだ。
「……アン、リアン」
耳に響くその心地よい声に、リアンの意識は浮上する。目を開けると、正面に誰かが座っている姿が映った。
花柄の、エプロン。
そして、この甘い香り。
――ああ、お母さんだ。
リアンはふわりと笑い、視線を上げて顔を確かめる。
すると、微笑んでいる母親と視線が合った。
「リアン、起きた? 朝食食べましょう」
「うん」
リアンはゆっくり起き上がると先に食卓へ向かう母の背を見つめる。ふと横を振り返れば少年の灰色の双眸と視線が合った。
「あ、先に行っててもいいよ」
そう声を掛けたが、少年は微笑んだまま動かない。
――……?待ってくれてるのかな……。
不思議に思いながら、待たせては悪いとリアンは頭に響かないように気を付けながら立ち上がる。すると同時に少年も立ち上がって、リアンの横にぴったりと並んだ。
自分の頭一つ分くらい低い少年の顔を見下ろしながら、リアンは微笑みを向けると少年もふわりと微笑んだ。
「待たせちゃったね、ごめんね。いこっか」
そう声を掛けリアンは歩き出した。が、一瞬頭がクラリとして躓きそうになる。
――あっ、やばっ……。
だが、その瞬間に腹部に硬く温かい何かが辺り、倒れそうになっていた体がぴたりと止まった。
その伸ばされた腕を無意識に左手で掴み、体重を預けながら右手で額に触れ、ゆっくりと目を閉じては開けてみて、視界が鮮明か、歩いても大丈夫かを確かめる。
そして視線を己を支えている腕に落とし、手首から二の腕と上に辿って行き、その先にあった少年の心配そうな表情を見るとリアンは心配させまいと微笑んだ。
「ごめん、ありがとう……重かったね。もう大丈夫だから……」
そう言い、体を支えてくれている少年の腕を押しやろうとするが、動かない。
――あれ……?
不思議に思い視線を再度少年に向けると、少年はじっと真剣な表情でリアンを見つめていた。そして、リアンの腹部に伸ばしていた腕をゆっくりと下すと、今度はリアンの左腕を掴む。
――ああ、支えてくれるんだな……。
「ありがとう」
そう言うと、少年はリアンを見つめながら嬉しそうに微笑む。
つられてリアンも微笑みを向けながら、二人は食卓へと向かって歩き出した。
朝食を済ませたあと、リアンは母親に促され床に座って静かにしていたが、やがてうずうずしてきていた。
頭の中は、ある事で満たされている。
――クロちゃんに、ご飯届けなくちゃ……。
ちらりと母親の姿を目で追えば、忙しそうに動き回っていた。
とりあえず、母親に見つかれば止められるのは必至。
――うーん……どうやって出よう……。
頭を悩ませていると、視線を感じて右隣を見れば、視線があった少年が微笑んだ。
つられて微笑みを向けながら、ふと思う。
――この子、本当によく笑うなぁ。かわいい……きょうだいとかいたら、こんな感じになるのかな。
無意識に手が伸び、気が付いたら少年の頭を優しく撫でる自分にハッと気が付き、素早く腕をひっこめる。気になり少年の反応を探るため、ちらりと視線を向けてみれば、少年はきょとんとした表情からはにかんだ笑顔へ変わっていた。頬が少し、赤く染まっている。
――かわいい……。
気を悪くしたかも、と心配したが杞憂であったようだ。
「リアンー、お母さん、洗濯してくるわね」
そこへ母親の声が飛んで来て、リアンの視線が声のした方向へ向けられる。
両手で胸いっぱいの洗濯物が入った籠を抱えながら、微笑んで見ている母親と視線が合い、リアンは頷いた。
「うん、わかった」
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