第12話

 気が付けば、浮遊感と共に、体が上下に揺さぶられていた。


 誰かの背中が目の前にあって、それがとても温かく、心地が良かった。


 まるで、夢みたいだった。


 かすれゆく意識の中でリアンは、誰かに背負われているみたいだなと感じたその次の瞬間に暗闇の中へ落ちていった。




 目を開けると、鮮やかな青色の双眸に木目のある天井が飛び込んで来た。何も考えず数秒程、それをぼーっと見つめていたリアンだったがハッと我に返る。

 ――え、なに?

 訳がわからず慌てて体を起こした瞬間、頭に鋭い痛みが走り、思わず声を上げていた。

 「痛っ!」

 無意識に額に手を添えると、指先から伝わる感触に違和感を覚える。

 ――なに……髪の毛じゃない……これ、布……?

 傷がある場所に触れないように意識しながら、恐る恐る額に指を滑らせると、やはり何かを巻いているのだと解る。

 「いつ、頭を……」

 いつ怪我を負ったのか、記憶を遡って考えてみる。

 そして、ロネが居なくなったことをロディから聞いたことを思い出した。

 ――そうだ、森に捜しに行って……それから? ……それから……そうだ、何か追いかけたらバシックだったんだ。それで戻ろうとして…………。そうだ!

 「足を踏み外したんだ! 痛っ!」

 完全に思い出せたのが嬉しく声を張り上げた瞬間、頭に鋭い痛みが走った。

 ――痛たたた……あんまり大きな声出さないようにしなくっちゃ……。

 顔を顰めながら優しく傷がある部分を撫でる。そしてリアンは家の中に視線を走らせ、母親の姿を捜した。

 だが、誰もいない。

 「どこ行ったんだろう……。もしかして、まだロネ見つかってないのかな? そういえば今っていつ? 何時かな」

 疑問が浮かび、リアンはゆっくりとした動作で掛布団を捲り上げながら立ち上がると、もう一度ゆっくりと辺りを見渡してから玄関に向かって歩き出す。辿り着いた扉をほんの少し開くと、突然眩しい光が目を襲った。光を避けるために慌てて扉を数センチ残して閉めると、ぎゅっと目を閉じてからゆっくりと開け、瞬きを繰り返す。

 落ち着きを取り戻してから再度、僅かに開いたままの隙間から外を窺った。

 日はとっくに昇っているらしく、外はとても明るい。

 とりあえず一旦そのまま静かに扉を閉じると、背後を振り返り、寝かされていた布団を見る。

 ――やることもないし、傷も痛むし……戻ってくるまでおとなしく待っておこう。

 そう決めると布団に向かって歩き出す。布団の中へ足を入れて真っ直ぐに伸ばすと上半身は起こしたまま座り、天井を見上げた。

 数秒そのままでいたがやることもない為、視線が部屋の中を泳いだ後自然に玄関の扉へと移る。

 「……早く帰ってこないかな……」

 誰もいない部屋の中、溜め息を漏らしてそう小さく呟いた。



 「ン……リアン。起きなさい」

 声が聞こえてきたと同時に体を優しく叩かれ、リアンはふっと目を開けた。体を横たえたまま肩越しに見ると、母がにっこり微笑んで見つめてきていた。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 「帰ったの?」

 母が側にいることが嬉しくてつい顔がゆるむ。

 母親の手がリアンの頬に伸び、柔らかいそれをゆっくりと撫でる。

 「リアン、大丈夫? あなた、何があったの? こんなに傷だらけで……お母さん、心臓が止まるかと思ったわ。特におでこの傷を見た時は……」

 「あ」

 言われて、リアンの手が無意識に額の傷に伸びる。

 そしてその時、初めて母親の左隣に目が行き、リアンは目を白黒させた。

 ――誰……?

 リアンの双眸に、所々はねて、癖っ毛のある黒く短い髪が映った。

 下りていった視線の先には、少しつり目の灰色の瞳があり、リアンのそれとぶつかる。

 機嫌がいいのか、その子はリアンをにこにこしながら見つめていた。

 母親はリアンの視線が隣りに座っている子供に向いたことに気が付き、口を開く。

 「この子はね、あなたの命の恩人なのよ」

 「え?」

 リアンの視線が母親へ向けられる。

 「怪我して、気を失っていたあなたをここまで運んで来てくれたの。体は小さいのに凄く力持ちなのよね?」

 そう言うと母はリアンから左隣の子供に視線をやると、首を傾げてにっこりと微笑みかけた。優しい笑顔を向けられたことに気が付いた子供は、リアンから視線を母親に映すとにっこりと笑って応えた。

 目を瞬いて二人の様子を見ていたリアンだったが、視線を恩人という子供へ向ける。

 ――同い年くらいに見えるのに……凄いなぁ。あ、お礼言わなくちゃ。

 「あ、あの……君……?」

 少しどもりながら声を掛けると、少年の視線がリアンへ移り、再度視線がぶつかり合った。

 微笑んでくる少年に、リアンは礼を言おうと口を開く。

 「助けてくれて、どうもありがとう」

 お礼を言うと、少年は嬉しそうな笑顔を向けてくる。その様子を見ながら、リアンは不思議に思った。

 ――でも、どこから来たのかな……。

 「君、名前は?」

 そう訊いてみると、少年は困惑しているような表情で、リアンを見つめ返してくる。

 ――あれ?

 「リアン」

 母に名を呼ばれ、リアンは視線をそちらへ向ける。すると母親はすっと立ち上がり、少年に「ここにいてね?」と言ったかと思うと、リアンに右手でおいでおいでをしながら、台所へ向かって歩き出した。

 リアンは母親の行動を不思議に思いながらも、ゆっくり立ち上がり歩き出そうと一歩足を踏み出した所でリアンを見上げている灰色の双眸と視線が絡み合い、足を止める。

 「あ……ごめんね、ちょっと待っててね」

 一言そう声を掛けると、少年は微笑んで頷いた。それを見てほっとしたリアンは止めていた足を動かし、母親の元へ向かう。

 リアンが側まで来ると母親は小声で囁くように言った。

 「あの子、言葉が話せないみたいなの。だから、そこを気を付けてあげてね」

 リアンは目を見開いた後、真剣な表情で頷く。

 「うん、わかった。……でもお母さん、あの子、どこから来たんだろう?」

 リアンの言葉を聞いて、母親の視線が少年に向けられる。すると自然にリアンのそれも少年へ移された。

 親子の様子を窺っていたのだろうか。

 二人の視線が少年に向くと、彼のそれとぶつかり合った。すると少年は二人に微笑んでくる。

 「分からないわ。島の子じゃないのは確かね……。……おそらく、流されてきたんじゃないかしら」

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