第12話 今を生きる
平太は即座に懐から4枚の札を取り出し、部屋の四隅に投げた。除霊札とは異なる色を持った、4枚の札は、張り付くと同時に、互いを光の線で結んだ。その後、光の線は上方向に浮き上がり、直方体の結界が構築された。
平太が代表して徳川ゴーストに特攻することが決まった日の夜に、呪術師たちに作成を依頼していた、徳川ゴーストを閉じ込めるための、霊体専用の結界札。生きている平太は問題なく透過できるので、成功すれば勝利はほぼ確実となる。
平太は腰に下げていた霊写銃を徳川ゴーストに向けた。しかし、まだ撃つわけにはいかなかった。
徳川ゴーストは、しばらくの沈黙のあと、役目を終えたということか、とゆっくりつぶやいた。そして平太の方を向き、すっと滑らかに座り、貴様らの勝ちだ、早く討て、と促した。
平太は、徳川ゴーストの動きを注視しながら、忍者刀と霊写銃を結界の外に放り投げた。
徳川ゴーストは、怪訝な顔をして、お前は忍者ではないのか、と質問した。
平太は、深呼吸した後、私は忍者です。と答えた。その後、床に座り、頭巾を外し、私は、今を生きる忍者の、服部平太です、と答えた。
忍者にとって、個性は排除すべき因子である。元々、忍者は主君にとっての使い捨ての道具であった。必要な時に駆り出される消費物であり、役目を果たせなかったり、不要と判断されたら捨てられる。名前も仲間意識も不要。任務達成という機能のみが、忍者の存在意義であり、昔から続く伝統だった。
それを平太は、完全に否定した。かつての主君と同じ姿勢、同じ目線で、忍装束である頭巾を取り、自分の名を名乗ったのだ。
さらりと揺れる前髪の隙間から、平太の目が徳川ゴーストを捉えていた。
徳川ゴーストは、驚きの表情を見せた。宙を見上げながら、今を生きる、か・・・と反芻した。その後、平太を再び見つめ、任せてよいのだな、と質問した。
平太は、わかりません、でも私は忍者であり続けようと思います、と答えた。
徳川ゴーストは、やっと得心が言ったわ、とけらけらと笑いながら、スッと消えていった。
翌日。忍者本部は徳川ゴーストの撃退を達成したことを全国の忍者に伝達した。数週間に及ぶ、忍者しか知らない戦争が終わりを告げた。この出来事は公表されず、忍者本部の活動記録にのみ記録される。
ただし、記録される内容は、全ての忍者を総動員し、柔軟な指揮の下で徳川ゴーストを撃退したということだけだった。隠れ里の活動や、霊写銃の存在は初めからなかったものとして扱われた。
清々しい青空の元、岩に囲まれた大きなくぼみの中で、平太は大きな焚火の前で黙禱していた。目の前には、霊写銃が山積みにされ、勢い良く燃えていた。
霊写銃は霊体を撮影することによって記録媒体に封印する。記録媒体を正しい手法で処理しないと、封印された霊はあの世に帰ることができないのだ。
黙祷を終え、平太は焚火から距離を離し、火照った顔を放熱する。近づきすぎたのか、髪の毛の先端が少し縮んでいた。髪の調子を確認していると、蛇蝎と乙女がやってきた。二人とも頭巾を取っている。
二人は腰に掛かっている霊写銃を手に取り、そっと焚火の中に放り投げ、両手を合わせた。
平太は焚火から出る煙の行方を見ながら思った。これからどうすべきなのか、自分はどうしたいのか。
思案していると、ポケットのスマホが振動した。手に取って画面を見ると、平太は顔をしかめた。忍者本部からの着信だった。彼らと隠れ里との連絡手段は、今はもう、平太のスマホしかない。
少なくとも、区切りはつけないとな、と、平太はスマホを焚火の中に放り投げ、入念に黙祷した。
Selfie Ninja 自撮り忍者 @mochiyuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Selfie Ninja 自撮り忍者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます