第10話 特攻作戦
隠れ里に帰った後、平太は議論した内容をメンバーに伝え、こんなことになってごめん、と頭を下げた。落胆する声や残念がる声が聞こえたが、非難する者はいなかった。お疲れ様、と労いの声がいくつか飛んだ後、メンバーは自分の持ち場に向かっていった。
僕は立派だと思うと蛇蝎が平太の肩を軽くたたいた。乙女も今度ジュースおごってあげると微笑みながら移動していった。平太は軽く息を吐き、陣形訓練に向かった。
幹部側の忍者が霊写銃を使う必要がなくなったため、陣形の再検討が必要だった。しかしある意味では都合がよかった。それは徳川陣営の呪術師、祐天をどう対処するか考える余裕ができたからである。江戸城に無事到達できたとしても、徳川ゴーストの前に祐天が立ちはだかるのは容易に想像できる。日本中に武士ゴーストを呼び出すことができる程の呪術師を、どうやって撃退するのか。
若手呪術師の答えは揃って一つだった。撃退は無理だと。
最終的に、特攻作戦で一貫させることとなった。全員の霊写銃で祐天を足止めし、その隙に誰かを徳川ゴーストに向かわせる。問題は、誰が徳川ゴーストをしとめるのか、だ。
おれは平太が行くべきだと思う、とメンバーの一人が言った。平太は即座に理解した。責任を取れと言われているのだと。わかったと答える前に、メンバーが続けて言った。召集の後、蛇蝎に平太と幹部との論戦の内容を聞いた、あんなに幹部に対してものを言えるのはそうそういないだろう、平太だったらやってくれると思う、と。
これに続くように、賛同する声が次々と上がった。平太はこみ上げるものを感じた。自分が落ち込んでいる間に、蛇蝎が言いまわってくれたのだ、きっと乙女も動いてくれたのだろう。
平太は、わかった、と力強くうなづいた。
作戦はその日の夜に決行されることが決まった。前線は何とかこらえている状況で余裕がない。それに一度きりとはいえ、霊写銃試作機を実戦で使っている。すでに何かしらの対策が練られているかもしれない。勝率を高めるためにも、迅速に決着を決める必要があった。
隠れ里は、この夜初めて、全員で江戸城周辺に集まった。
紫色に暗く光る江戸城から、紫色の染みが広がっていく。幹部側の忍者にとっては、いつもの光景だ。ここから染みが津波のように迫ってくるのを、全員で何とかせき止めるのだ。今まで武士ゴーストに切られた仲間は数えきれない。全員死んではいないが、ほとんどが昏睡状態のままだ。身体的にも、精神的にも限界が近づきつつあった。
ざわざわという、引きずるような音が少しずつ収まっていく。それと同時に、地面から武士ゴーストが這い上がるように出現した。忍者たちの緊張の糸が張りつめられていく。
無音になった。周囲には植林があるはずなのに、葉っぱのこすれる音すら聞こえない。時間の進み具合がわからなくなってきた。
瞬間、紫の津波が堰を切ったように向かってきた。呼応するように、戦闘の合図が鳴り、忍者たちは疾走した。
金属音がうねるように響き渡る。ガスが抜ける音と、布の引き裂かれる音が交差する。いつもなら、この環境音が永遠と思えるくらいに続いていく。
しかし今夜は違っていた。江戸城の入り口付近の音が徐々に激しくなる。紫色の絨毯が鋏で切ったように割れ始めた。
中堅忍者が、除霊札が貼られた忍者刀を、霊体の刀とぶつける。そしてそのまま、ひたすら押しのける。今だけは、切る必要はない。道を作るだけでいいのだ。彼らが通る道を。
暗闇を白い光が照らす。つい目を細めてしまうほどだ。と思っていると、急に腕にかかっていた圧力が消失し、バランスを崩しそうになる。体制を立て直した瞬間、黒い影の大群が背後を通り抜けた。
大群は腰を屈めながら、音を極力抑えて魚群のように直進する。武士ゴーストの壁を確認すると、魚群の戦闘は合図をだした。キュイーンという音が次々と聞こえる。
魚群が武士ゴーストの壁と接触する寸前、乾いた音と共に辺りが真っ白になった。江戸城入り口付近の武士ゴーストは、一体も残さずに消えていた。その場にいた中堅忍者たちは、呆気にとられながら城内へ駆け込む若手忍者たちを眺めていた。
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