第4話 決意
憑依忍者の登場。かつての戦友の敵対。この事実は、若手忍者の戦意を大幅に削いだ。にもかかわらず、忍者本部の方針は変わらなかった。中堅忍者の士気はさほど変化しなかったからだ。かつての教え子と対峙しても所詮は上下関係。任務達成が絶対の忍者にとって、ささいなことだったのだ。
蛇蝎は、乙女と対峙したときのことを思い返していた。平太ほどではないとはいえ、長年行動を共にしていた乙女が敵になるのはショックだった。でもそれでは事態は解決しない。考えなくては。自分はどうすべきだろうか、どうしたいのだろうか・・・
まずは、乙女を取り戻したい。安心したい。そうだ、憑依忍者を奪還できれば、戦線を取り戻すことにもつながる。憑依忍者を取り戻すヒントは…あった。乙女と対峙したとき、初めて憑依されていると気づいたのは呪術師だった。正体を見破れたのなら、対策法を思いつくかもしれない。
蛇蝎は平太に呪術師の町に行こうと声をかけた。平太は答えず、ただ椅子に座って俯いたままだった。今、彼は自分を責めているのだろう。あまり動かさない方がいい。
蛇蝎は、柿原に行き先を告げて、単身で呪術師の町に向かった。
呪術師の町に行くと、答えはあっけないほど簡単に得られた。呪術師には、除霊術があるのだ。ただ憑依した霊を憑依物から除去するだけなら、簡単な処置で行うことができると。
これを聞いた蛇蝎は納得すると同時に、新たに疑問がわいた。なぜすぐ忍者本部に伝えなかったのか?
呪術師の長である、星野源水は、呪術師は忍者よりも下の立場にあるから、とだけ答えた。蛇蝎はなんとも言えない違和感を覚えた。
忍者本部に戻り、柿原と平太に憑依忍者の救出方法を伝えた。平太の目は輝いていた。今にも飛び出していきそうだった。しかし柿原は、「今は救出するべきではない」と発言した。
一瞬空気が止まった。平太はともかく、蛇蝎も怯んでしまった。 次の瞬間には、平太が柿原に掴みかかっていた。
なんでですか、仲間を助けるのは当然でしょう?」と、平太は激昂した。蛇蝎も意図を理解できず、柿原に理由を聞いた。
「徳川陣営の狙いを探るためだ」と柿原は答えた。徳川陣営は今、将軍クラスの徳川ゴーストと、その手下の武士ゴーストしかいない。老中などの幹部クラスがいないのだ。表に出てきていないだけかもしれないが、それにしては武士ゴーストの動きが自由すぎる。ただ江戸城を警護しているような動きだ。
憑依忍者という新戦力を入手し、忍者本部側の勢いが弱まっているという状況なのに、思い切った戦術をとってこない。柿原はこれを、徳川陣営には、指揮を行う幹部クラスがまだ揃っていないからだと見ていた。また、徳川ゴーストの出現位置を見るに、ゴーストは、所縁のある場所から呼び出されている。であれば、今の徳川陣営の動きを観察すれば、幹部クラスのゴーストの位置を予測し、罠を張ることができる。だから今は憑依忍者を泳がせるのだと、柿原は説明した。
なるほど、と蛇蝎は理解した。今回の戦いは徳川ゴーストの撃退が目的だ。目的達成に一番有効な手を使うのは道理だ。
しかし平太は納得いかなかった。「憑依された忍者の安否が保証されているわけでもないのに、悠長にしすぎですよ」と。
柿原は、「今の徳川陣営にとって、憑依忍者は貴重な戦力だ。今の戦況を維持する限り、憑依忍者の安全は保証されていると見ていい」と答えた。
平太はどうしても納得できず、蛇蝎を見た。蛇蝎は既に納得している顔をしていた。平太はたまらず、飛び出していった。
柿原は蛇蝎を見て、すまない、平太を頼むと目を伏せて言い、去っていった。
蛇蝎が外に出てみると、視界の奥の方で平太を見つけた。ゆっくり歩いていくと、平太はひとりでにつぶやき始めた。「柿原先生の言ったことは、本当は理解している。忍者本部の目的も、忍者としてどうすべきかも。でも、うんって言えない。言えば薄情な奴になってしまう気がする。」
蛇蝎はただ、相槌を打ちつづけた。沈黙がしばらく続いたあと、答えた。平太は責任感のある、優しい男だってことは知っている。それは乙女も同じだ。最近の平太の行動が、焦りやいらだちからきてることも、後ろから見ててわかった。だから何も言わなかった。でも今はもう、彼女を確実に助けられる方法がある。蛇蝎は、「平太が憧れていた、スマートな忍者らしく、乙女を助けて、勝とう。」と力をこめて言った。
平太はしばらく上を向いた。そして、「お前と一緒にな。」と言いながら蛇蝎の方に振り向いた。
ところが、事態はあらぬ方向へ進んでいった。
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