第3話 憑依忍者

 柿原は、将軍クラスの徳川ゴーストが基盤を固めると言っていたことから、徳川ゴーストの勢力(徳川陣営)を攻めるなら今が最適であること、しかし攻めるには戦力が足りないことを提言した。

 幹部たちは、中堅忍者を動員すればよいと答えた。即座に柿原は、こちらが体制を整えるころには、兵力差が広がることを指摘し、さらなる戦力投入を提案した。中級忍者の上には、さらなる実力をもつ上級忍者が少数だが存在する。今の忍者陣営には、チーム単位での戦術しかとれていない。上級忍者のような指揮をとれる者が必要なのだ。

 しかし幹部たちは、それに気づいているのかいないのか、呪術師のさらなる戦力提供を指示した。若手忍者でも武士ゴーストと互角に渡り合っているのだから、呪術師と中堅忍者を投入すれば徳川陣営と抑え込めるだろう、と。

 反論したい気持ちが強かったが、今の柿原の立場では幹部たちの指示に従う他なかった。


 若手忍者が徳川陣営に囚われてから、数週間後。

中堅忍者と呪術師が戦線に投入され、戦闘時の陣形も安定してきた。武士ゴーストは増加しているものの、徳川陣営の戦線を抑えることができていた。

 平太は、ただ無言で戦闘していた。蛇蝎と、呪術師と、新たに入った若手忍者とスムーズに連携をとり、武士ゴーストを何の支障もなく撃退した。担当地区の武士ゴーストを倒したら、すかさず他の地区の援助に向かい、手早く敵を倒していく。平太のチームの実力は中堅忍者と遜色ないほどだった。

 それほどの活躍をしているのに、平太の気分は晴れない。無性にいら立ってしまう。

 理由はわかっていた。乙女の安否がどうしても気になるのだ。あれ以来、一度も乙女の姿を見ていない。今どうしているのだろう。乙女が連れ去られたシーンがぐるぐると頭の中を回っている。自分が動けず、乙女に庇われたシーンが。

 はやく、見つけないと。手遅れになる前に。俺が見つけないと。俺にはその義務があるんだ。

 平太の背中に、焦燥感があふれているのは、チームメイトである蛇蝎たちには手に取るように分かった。それだけに、うかつに声をかけられずにいた。 


 次の日の夜も、平太たちは先陣を切って武士ゴーストを撃退していった。武士ゴーストの刃を蛇蝎がいなし、足を呪術師が鈍らせ、ガードを他の若手忍者がずらし、首を平太がとる――

と、思われた、その時、平太の目前を黒い物体が横切った。反射的に体をそらし、飛来物を確認する。

 それは、手裏剣だった。とても、見覚えのある印が掘られた手裏剣。

 平太は目を見開き、手裏剣が飛んできた方向を凝視した。


 いた。ついに見つけた。あのシルエット、見間違えるはずもない。「おと――」と叫びかけた声が途切れた。

 何か、おかしい。頭の中で警報が鳴っている。

 そうだ、色だ。乙女は濃赤色の忍装束を着ていたはずだ。だが、月光に照らされたその姿は、漆黒だった。

 その忍者は、江戸城の城壁に立ち、紫色に怪しく光る瞳で平太たちを見下ろしていた。


 若手忍者たちは硬直した。目の前に現れた存在を理解できなかった。彼らの前に現れたのは、乙女だけではない。あの時、江戸城で囚われた若手忍者たちが、刃をこちらに向けて立っているのだ。

 何か取り憑いている、と、呪術師の誰かが言った。どういうことだと忍者たちが思案しているうちに、囚われた忍者(憑依忍者)たちが攻撃を仕掛けてきた。

 平太は寸でのところで、乙女の忍者刀をかわした。明らかに動きが鈍い。動揺しているのが誰の目にもわかった。蛇蝎は、他の忍者にも聞こえるように、撤退しろと叫んだ。若手忍者たちは、後ろ髪を引かれるように、おずおずと下がっていった。

 しかし、平太は下がらなかった。殿をするわけではない。ただそこから逃げてはいけないという思いが、平太を縛り付けていた。

 蛇蝎は平太の腕を掴むが、平太は腕を振り回して抵抗する。蛇蝎は少しためらった後、平太の首を打って体を抱えて撤退した。

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