第2話 徳川ゴースト

 徳川ゴーストの写真の撮影に成功した平太たちは、現代忍者を統括する組織、忍者本部へ写真データを送信した。数日後、本部から寛永寺付近における徳川ゴーストの情報収集の指示が下った。それと同時に、彼らの先生、柿原が平太たちと合流し、4人で行動することになった。


 平太、蛇蝎、乙女の三人は、彼らの先生である柿原と一緒に徳川ゴーストの再探索を開始した。徳川ゴーストが拠点としそうなスポットを重点的に調査すると、江戸時代の下級武士の亡霊に遭遇した。下級武士の幽霊は、平太たちを見ると即座に切りかかってきた。平太たちは応戦するが、こちらの攻撃がすり抜けてしまった。驚いて隙を見せた平太をかばい、蛇蝎は下級武士ゴーストに腕を切られてしまった。


 柿原は腕を切られた蛇蝎を背負いながら、平太と乙女に撤退を命令した。蛇蝎はすぐに本部に搬送され、検査を受けた。蛇蝎は苦しい表情をしていたが、切られた蛇蝎の腕にはなぜか外傷が全くなかった。


 検査の結果、本部は今の忍具では武士ゴーストや徳川ゴーストに攻撃することができないと結論付けた。そして平太たち三人に、呪術師の協力を得るよう指示を出した。

 呪術師は、怨霊や悪霊を退治するエキスパートであり、かつては江戸幕府に協力していた。忍者本部とは違って認知度は低く、規模も小さい。そのため、技術や文化を維持するために忍者本部から資金を援助してもらっていた。今は、寛永寺からすこし近いところにある祐天寺の周りに集落を作って暮らしている。

 平太たちは、彼らの先生である柿原と共に、蛇蝎を背負いながら呪術師の住む町へ向かった。


 呪術師の住む町へ着いた平太たちは、呪術師の長と面会を求めるが、忍者本部からきちんと話が通っていなかったため、呪術師側は助力を拒否した。

 しかし蛇蝎の容体と、柿原の話で何とか話が通り、徳川ゴーストへの攻撃手段について検討することとなった。

 結果として、忍者の武器「忍具」に除霊札を貼り付けるという、極めて原始的な手法が採用された。これは徳川ゴーストに特攻性を持つものではなく、単に攻撃が通るだけのものだった。

 平太たちは攻撃手法について本部に連絡した。しかし本部は徳川ゴーストについて未だ懐疑的であり、引き続き平太たちの身に徳川ゴーストの調査を命じた。柿原は、それでは話が進まないと、忍者本部から幹部を一人同行させるよう認めさせた。

 寛永寺に向かうと、またもや武士ゴーストが現れ、戦闘となった。ゴーストの立ち回りは、見張りのような、何かを守っているようだった。除霊札を貼り付けた忍具は、予想通り武士ゴーストに通用した。忍者4人の連携により、武士ゴーストの討伐に成功した。

 戦闘を終始見ていた幹部は、徳川ゴーストの存在を認めざるを得なくなった。


 武士ゴーストの戦闘記録を、幹部は即座に本部に連絡した。数日後、日本全土に若手忍者が派遣され、大々的に徳川ゴーストの調査が開始された。

 

 平太たちは関東地域で調査を続け、まれに遭遇する武士ゴーストと戦闘し、退治していった。しかし、徳川ゴーストの発見報告は一度も上がらなかった。

 調査を開始してから2週間程立った頃。報告内容を取りまとめていた柿原は、状況の変化に気づいた。

 調査に出ている若手忍者たちが、ゴーストと遭遇する頻度が高くなっており、遭遇する範囲が広がっていたのだ。そして、その範囲の中心にあったのは、徳川幕府があった場所、江戸城だった。

 徳川と所縁のあるところに出現するだろうと予想していた柿原は、即座に忍者本部の幹部たちに、全国の若手忍者を江戸周辺に集めるよう進言した。

 ところが、幹部たちの返事は芳しくなかった。「若手忍者は他の任務と並行して調査任務を行っているため、そこまで人を割くことはできない」という返事だった。


 柿原は、「武士ゴーストの遭遇頻度は上がっている。このままいけば、今江戸にいる若手忍者だけでは手に負えなくなる。それに、江戸城に『将軍』クラスの徳川ゴーストが出現する可能性が高い。手が空いている中堅忍者を移動させることはできないのか?」と尋ねた。

 幹部たちは、にべもなく答えた。「江戸城に徳川ゴーストが出ると確定したわけではないだろう。それに将軍といえど、武士ゴーストより強いかどうかも怪しい。江戸周辺の若手忍者の指揮はお前に任せるから、そっちでなんとかしろ。中堅忍者は今の仕事で手一杯で動かせん。」

 若手忍者をまとめるだけの仕事が、それほど忙しいのだろうか?彼らに知識面、戦闘面ともに実力があるのは知っている。それだけに、彼らを有効に動かせない組織体制に、柿原は歯がゆさを感じた。

 柿原は、呪術師の協力を仰ぐことにした。忍者本部の立場を利用するのは、少々心苦しいが。


 柿原は平太たちと共に、再び呪術師の町に訪れた。事前に柿原が連絡していたので、前回と比べて少しだけ歓迎ムードだった。

 雑談もそこそこにして、柿原は現在の状況と、呪術師の協力を依頼した。しかし、呪術師の長である、星野源水は、「呪術師は忍者ほど戦闘ができるわけではないので、今回はバックアップだけさせてくれ」と、渋い表情で顔を横に振った。

 ただし、バックアップと言っても、前回と同じく忍具に除霊札を貼り付けるだけだ。武士ゴーストに攻撃は通るようにはなったが、戦力が増強されているわけではない。

 柿原は、パーティ形式で戦闘に参加することを提案した。「戦闘は忍者が行い、回復などのサポートはその場で呪術師が行う。蛇蝎の傷は治癒できたので、不可能ではないはずだ」と。

 源水は黙っている。柿原は、「今のままでは消耗戦となって、いずれ負けてしまう。どうか頼む。」と、頭を下げた。

 しばらくの沈黙の後、源水は、呪術師の安全がある程度確保できる陣形で戦闘することを条件に、協力を了承した。


 考案された陣形は、呪術師を中心として、周りを3人の忍者で囲むというもの。機動性は下がるが、乱戦に対応できる。

 柿原の指示で、すぐに江戸周辺の若手忍者たちに呪術師が合流し、戦線を整えた。柿原の予想通り、江戸周辺の武士ゴーストの数が段階的に増えたが、抑え込むことに成功した。


 とある夜のこと。平太たちは江戸城の周辺で戦闘を行っていた。危険な場面もなく、武士ゴーストを撃退した。残ったゴーストが、江戸城の城郭内へ移動することを確認した平太たちは、陣形を整えつつ後を追った。

 その時。平太たちの足が震えだした。唐突な地震に遭ったかのように、うまくバランスがとれない。両手を地面について、周囲を見渡すと、あの時写真に映っていた、徳川ゴーストが平太たちの目の前に立っていた。武士ゴーストと対立した時とは比べものにならないほどに圧倒的な重圧。平太たちは頭をあげるどころか、指一本すら動かすことができなかった。

 「ようやく来おったか」と、けだるげにつぶやいた徳川ゴーストは、ゆっくりと平太の頭に手を伸ばした。


 徳川ゴーストの手が平太に触れる直前、柿原の手裏剣が横切った。瞬足で距離を詰める柿原を睥睨した徳川ゴーストは、もう一度平太に手を伸ばした。平太は後ろへのけ反ろうとしたが、足がすくんでしまっていた。再度手が届こうかと思われたその時、隣でうずくまっていた乙女が平太を突き飛ばした。

 徳川ゴーストの手が乙女に触れた瞬間、乙女の体が紫色に淡く光り始めた。続いて乙女の体がふわっと宙に浮き、江戸城の内側へ飛んで行った。

 その直後に柿原が到着し、くないを両手に持ちながら平太たちの前に立った。

 徳川ゴーストは、「まあよい、まずは基盤を固めてからだ」と言い、その場ですっと消えた。

 平太は体制を立て直し、乙女の名を叫びながら、江戸城を見た。そして愕然とした。


 先ほどまで真っ暗だった江戸城が、今までにないほど、全体的に濃い紫色を帯びて光り、天守閣がどす黒いオーラを放っていた。

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