配達花人

有木珠乃

第1話 自転車籠

 ここ二ヶ月もの間、小宮こみや百合ゆりは不思議な、いや不気味な気分を味わっていた。


 場所は塾の駐輪所。原因は自転車の籠の中にあった。


「今日もある……」


 その中にある物を見て、百合はうんざりする様な声を出した。ため息ではないのは、すでにその領域を通り越していた証拠だった。


 今日は小さなピンク色の花。


 確認すらしたくないのに、どうしても目が籠にいってしまう。


 塾に通い始めたばかりの頃は、こうではなかった。そう、高校二年生になったばかりの四月は。


「どうしたの?」


 自転車の横で立ち尽くしていると、常磐ときわさえが声をかけてきた。百合と同じ時期に、塾に通い始めた縁で仲良くなった友達である。

 クラスが一緒で、塾への通学手段も同じため、仲良くなるのは当然だった。


 冴は百合の自転車の籠へ、迷わず目を向ける。


「って、今日も置いてあるんだね。これってペチュニア?」

「さぁ」


 百合は気のない返事をした。


「何でこんなものを籠に置いていくんだろう」


 そう文句を言うものの、ここで捨てる勇気は残念ながら、百合にはなかった。何故なら、


「本当にね。しかもこの花、百合の自転車の籠にしか入っていないんだよね」


 冴の言う通り、塾の駐輪所に置いてある沢山の自転車の中、狙ったかのように、百合の自転車にのみ、花が入っているのだ。


 捨てた後、入れた人物からの報復を恐れてできなかった。今もどこかで見ていたら、と思うと余計に。


「うん。ここに来るまで他の自転車を見たけど、やっぱり入っている様子はなかった」

「だね。私もつい確認してきちゃったよ」


 冴もまた気味が悪そうに言った。


「ねぇ。そろそろ塾に言った方がいいんじゃない?」

「この花のこと?」

「うん。もしかしたら、百合が来ていない曜日は、別の自転車。えっと、ここに置く自転車に入れているのかもしれないから」


 確かに、と頷いた。百合は週二日、塾に通っている。まだ本格的な受験シーズンじゃないため、水曜日と土曜日の二日間。


 それでも夏休みに入り、夏期講習に参加という選択肢もあった。しかし、こんな状況で日数を増やそうという心境にはどうしてもなれず、週二日のままにした。


「でも、一回だけ別の場所に置いたけど、籠の中に入っていたことがあったから。あんまり関係ないと思うよ、それは」

「う~ん。だったら尚更、言うべきだよ」

「どうやって? 花を入れられているだけで、騒ぎ過ぎって言われない?」


 もしくは、自意識過剰だと思われ、軽蔑な眼差しが返ってくるのが、百合は怖かった。


「私、別に美人じゃないし、可愛いわけじゃない。女子高生だけど、お洒落な方でもないんだよ」

「何も、そういう人ばかりが狙われてたら、世の中からギャルがいなくなってるよ」

「それは極端な例えだと思うけど」

「だって、百合がそう言うから!」


 笑って誤魔化した。冴の心配は有難かったが、まだ何も起きていない。こんな状況で、騒ぎたくはなかった。


 何よりこの塾には、あと一年は通いたかったからだ。通い始めて四ヵ月。ここまで心配してくれる冴に出会ったのが、何よりも大きかった。


 両親には、合わなければ変えたい旨は伝えてあるため、いつだって辞められる。だからこそ、もう少し見極めたかった。


 これが嫌がらせなのか、変質者の行為なのか。


「もう少しだけ、考えさせて」

「一人で言いに行くのが嫌なら、私も一緒に行くから。その時は声を掛けてね」

「うん」


 冴の言葉に勇気づけられ、百合は自転車を動かして帰路についた。籠にピンクのペチュニアを乗せて。

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