第40話 霧の中の前哨戦

 農園から北、霧に包まれる林の中――。

 エルスたち三人は荒れた林道を、さらに北へ向かって進んでいた。踏み固められただけの道は、視界の悪さも相まって足元さえ見えず、非常に歩きにくい。


 「普段は気にしてなかったけどよッ――こういうとこだと、霧って邪魔だよなッ!」


 「そうだねぇ。エルス、転ばないように気をつけてね?」

 「おまえもなッ! 迷子になるンじゃねェぞ?」

 「ならないもんっ」


 二人のじゃれあいに「ふっ」と息を漏らし、前を行くニセルが振り返る。


 「エルス。ここは街の外フィールド――つまり係争地だ。いつ賊や魔物が襲って来てもおかしくないぞ?」


 「そうか……。わりィ、騒いでる場合じゃねェな……」

 「さっきの柵を越えたあたりから、なんか雰囲気が変わったもんね」


 ニセルからの忠告に、エルスは左手で剣のさやを掴み、気を引き締めながら進む。

 やがて空間が少し開け、小さな広場となった場所に差し掛かった時――待ち構えていたかのように〝何か〟が飛び出してきた!



 「おおっと! さっそく出てきやがったぜッ!」


 エルスは即座に剣を抜き、身構える! それは剣を持ったにも見えたが、頭部は犬のものが付いている。犬頭の魔物は最初の一体を皮切りに、次々と霧にかすむ林から姿を現しはじめる――!


 「コボルド――いや、ハイコボルドだな。大した相手じゃないが、気をつけろ」


 ニセルは長刃の短剣ロングダガーを右手に構え、二人へ注意を促す。アリサも剣を抜き、三人は互いに背中を合わせる形で陣形を組む――。


 「わかったッ! 二人とも、そっちは任せたぜッ!」


 戦うには充分な広さはあるとはいえ、周囲は林に囲まれている。どこから新手が現れるかわからない。長く留まるのは得策ではないだろう。


 エルスが周囲を観察していると――

 先に魔物の群れがほうこうを上げ、こちらへ襲いかかってきた!


 「来るぞッ! 戦闘開始だ――ッ!」



 気合いと共にちょうやくし、エルスは剣を振り下ろす!――が、大振りの斬撃は、魔物の手にした剣によって、軽々と受け止められてしまった――!


 「チッ――やるなッ!」


 通常のコボルドならば剣ごと叩き斬れる一撃だが、上位種には容易たやすく防がれてしまうようだ。攻撃を弾いた魔物は口元を歪め、わらいの表情を浮かべているようにも見える――。


 「――へッ! たかが剣が良くなっただけじゃねェ――かッ!」


 エルスはくるりと体を一回転させ――遠心力を乗せた刃で、魔物の胴をぐ! 胴体を真っ二つにされ――魔物は黒い〝しょう〟を噴き出しながら、白い霧の中へと沈みゆく――!


 「まずはひとつッ! 大したことねェな!」


 エルスは次の標的を見定める。魔物も霧によって視界が阻まれているのか、キョロキョロと辺りを見回している様子が確認できる。


 「遺跡ン時と同じか……。よしッ、それなら――!」


 エルスは体勢を低くし、別の一体に忍び寄る――

 そして、低い位置からの斬り上げで、魔物の脇腹を斬り裂いた!


 「――これでふたつッ! なんか卑怯な気もするけど、本番前に消耗するわけにはいかねェからな」


 はじまりの遺跡での経験が、正面からの突撃一辺倒だった戦い方にも大きな影響を与えたようだ。エルスは再び霧に紛れるように、別の敵へと忍び寄っていった――。



 「アリサ、くれぐれも余力は残しておけよ?」

 「わかった! ニセルさんも気をつけてねっ」


 「ああ。魔物相手の戦闘は得意じゃないが――まっ、最善を尽くすさ」


 ニセルは襲い来る魔物の攻撃をかわし、手にした刃で的確に相手の首や左胸を刺し貫く! 人と急所が同じなのか、一撃のもとに魔物は次々と倒れ、しょうなって消えてしまう――。


 「――ふっ。こんなものだな」


 長刃の短剣ロングダガーを両手に構え、ニセルは魔物の攻撃を受け流しては次々と必殺の刃で仕留めてゆく。彼の戦闘スタイルは、まるで暗殺術のようだ。



 「エルス――大丈夫かなぁ」


 彼の威勢のいい雄叫びが聞こえないせいか、アリサは心配そうに呟く。

 そうしながらも、アリサは襲い来る魔物の群れを始末し続け――彼女の足元にはハイコボルドの亡骸なきがらの山が築き上げられてゆく――!


 「グァオオーッ!」

 「えいっ! はぁ――っ!」


 彼女自身の力量もさることながら、ドワーフの国の名匠ともうたわれる祖父がこしらえた細身剣は、扱いやすさ・鋭さ・斬れ味・頑丈さのすべてを兼ね備えている。

 アリサは全方位から振り下ろされる剣を難なく受け止め、そのまま力任せに魔物の身体を斬り刻み続けた――!



 「――よし。とりあえず、囲んでいた連中は始末できたようだな」

 「エルスっ、ケガはない?」

 「おうッ!――二人とも、お疲れッ!」


 周囲の魔物を倒し終えた三人は再び集合し、林道の先――進行方向へ目をる。そちらにはいまだ、多くの魔物の群れがうごめいているのが確認できた。


 「たくさん居るねぇ」

 「チッ……! まだ休めそうにねェなッ……!」

 「ああ。まだ気は抜かないようにな。アレを倒して突破するぞ――」

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