第34話 霧の中の勇者

 エルスたちに、新たな仲間が加わった頃――

 ファスティアから東に位置するアルティリアの王都は、霧に包まれていた。


 霧の中には、歴史あるそうごんな城のシルエットが浮かんでいる。

 この地を訪れた二人の男は、人通りのない城下町を抜け、郊外へ歩を進める。細い林道へ続く入口には簡単な柵と〝立入禁止〟の立て札があったが、衛兵などの姿はない。二人は、軽々と柵を乗り越えて奥へ進む。


 さらに霧の濃度は増し――

 巨大な城の影すらも、やがて白の中へと消えてしまった。


 「ここだ」


 まがまがしい魔剣を背負った大柄な男が、林道を抜けた瓦礫がれきの前で足を止める。


 「遺跡――いや、廃墟か?」


 黒ずくめの外套クロークを着た長身の男が、墓標のように残った一枚の壁へ目をる。

 郊外とはいえ、ここは王都の一部。辺りには、壊れた建造物を修復するはずの〝霧〟が立ち込めている。それにもかかわらず――この廃墟だけは、かなり以前から崩れ落ちたままのようだ。


 それは、この惨状が、まぎれもなく〝魔王〟の力によってされたことを証明していた。


 「ボス、何の用だ?」


 時間の無駄だ――とでも言いたげな様子でラァテルが問う。だが、後ろを振り返ることもなく、目の前の勇者ロイマンは足元の瓦礫を退かし続けている。


 「何、ちょっとしたケジメというヤツだ。付き合わせて悪いな」

 「問題ない」


 ラァテルは無表情のまま言い、何気なしに周囲を観察する。石やレンガといった建材に混じって、食器の破片や壊れた家具の残骸などが散見される。ここは、元々は誰かの家だったようだ。


 「エルスの家だ――」

 ロイマンが、独り言のようにつぶやく。


 「――そして、ただのチンピラだったロイマンが、勇者なんて厄介なモンになっちまった場所さ」


 「ふん……」


 ラァテルはあいづち代わりに、小さく鼻を鳴らす。ロイマンの真意は不明だが、時間の無駄でないことを願いながら、ラァテルは霧の中で静かに時が過ぎるのを待った――。



 「よし。待たせたな」


 立ち上がったロイマンの手には、折れた剣が握られていた。折れてはいるが元は両手持ちの大型剣で、安物の量産品ではない。断面やつかの装飾を見ても、元々はそれなりに値の張るいっぴんだったようだ。


 「それは?」

 「俺の剣だ。昔の……な」


 ロイマンは崩れ残った壁の裏側へ回りこむ。そこには、壁に寄り添うように二本の剣と、一本の杖が突き立っていた。詳細はわからないが、どれも廃墟には似つかわしくない、立派な武具に見える。


 「これは〝墓〟だ。下手に手を付けると、神殿騎士が飛んでくるぞ?」

 「ふっ……」


 ロイマンの冗談に、ラァテルは思わず息をらす――

 「――誰の物か、いておいたほうが良いか?」


 「必要は無いだろう。まあ、俺も推測しかできん」


 ロイマンはひざまずき、静かに祈りを捧げ始めた。かなり簡略化しているが、光の神と故人に捧げられる祈りだ。ラァテルはさり気なく、そちらから顔をらす。


 「チンピラだった時分、せいちょうしょうは慣れるほど聞いた。だが――勇者と呼ばれだした途端、それがしょうさんかっさいに変わった。他人からの評価なんざ、勝手なモンだ」


 ラァテルは何も言わず、目線だけをロイマンの方へ戻す。

 幸い、もう祈りの姿勢は取っていない。


 「やはり、ダークエルフか?」

 「ああ。父親が魔族だった」


 ロイマンからの質問に、ラァテルは表情を変えずに答える――。


 「それを確かめるために?」

 「フッ。まさか」


 魔物の高位存在である、魔族と呼ばれる存在。かれらとエルフ族の間に産まれた者はダークエルフ族となり、魔族のきょうじんな肉体とエルフ族の絶大な魔力をあわつ。

 しかし、その代償として極端に短い寿命しか持たず、長い者でも二十年前後しか生きられない。


 ラァテルの年齢は、少なくとも二十歳は超えている。さらに、命を削るこうじゅつを扱う彼に、残された時間は多くないだろう。


 「妙な気遣いは不要だ。仲間パーティを出て行けと言うのなら、出て行くが」


 「そんなつもりは無えよ。両方な」

 「そうか」

 「目的は判らんが、お前なりに覚悟を決めた上で来たんだろう?」


 ロイマンは立ち上がり、ラァテルの正面へと向き直る――

 「――それに、お前はもう仲間だ。俺がそう決めた」


 「ああ。ありがとう、ボス」


 ロイマンの見立てでは、酒場でのエルスとラァテルの実力は互角だった。それでもラァテルがで勝ったのは、彼のがエルスよりも上だったからに他ならない。


 「勇者と呼ばれ始めて以降――ケタ違いの報酬に、が出るようなは山ほど受け取ったが……」


 ロイマンは再びきびすを返し、さきほどの墓標の前に膝をつく――。


 「それほど真っ直ぐに、礼を言ってきた野郎は――今日までたったの、二人だけだったぜ」


 どこか嬉しげに言い――ロイマンは持っていた剣を、三本の立派な武具の前に勢いよく突き立てた。折れて短くなった剣はこの場に並ぶことで、より貧相に見える。


 「それも墓か?」

 「フッ、さあな」


 ラァテルの冗談に、今度はロイマンが息を漏らす――。


 「よし、用事は済んだ。酒場へ向かうぞ。残りの仲間を紹介しよう」

 「承知した」


 二人の男は廃墟をあとにし、霧の晴れかけた城下町へと戻ってゆく。

 彼らの道行く先、青々と茂った木々の隙間からは――古めかしくも荘厳な城が、再び姿を現しはじめていた――。

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