プリムローズ・ゴトランド

「危ないところを助けてくれてありがとうございます。まさか突然書架の本が崩れるとは思ってはいませんでした」

 少女はヨロヨロと立ち上がりロッドを掴むと、アレックスに感謝の言葉を述べた。その様子は繊細なガラス細工のように儚い印象があった。

「突然物音が聞こえたからなんだと思ったら本の山に埋もれたキミがいたから驚いたよ」

 アレックスは少女が無事かつケガ一つなかったことに安堵した。

「アナタは私の恩人です! お礼に一緒にご飯を食べていきませんか?」

「いや、冒険者として当然のことをしただけですよ」

「そんな謙遜しなくてもいいですよ。是非お礼をさせてください!」

 少女はニコニコとアレックスを見つめた!

(マスター、食事ぐらい別にいいんじゃないの……減るもんじゃないよ)

 アスタロトはアレックスのことをニヤニヤと笑うような口調で助言した。彼女はおそらくこの状況を楽しんでいる。

「まぁそこまで言うんだったら食事に付き合おうかな」

 アレックスはこのようにして少女と食事に向かうことになった。


◆◆◆◆◆


 アレックスが連れられてきたのは王都アヴァロニアの繁華街にある小さなカフェだった。カフェの内部はどこか隠れ家的な雰囲気を感じさせた。

「この店はコーヒーとホットサンドが自慢の店なんですよ」

「へぇ、そうなんだ……じゃあ僕はピザエッグホットサンドを頼もうかな」

「私はBLTホットサンドにしましょう」

「僕が注文を頼むね」

「いいえ、気にしなくていいですよ。アナタへのお礼なんですか」

 そう言って少女はカフェのレジの方向に向かっていった。魔法のロッドを安全杖代わりに歩く姿は何とも危なっかしい。アレックスはオープン席で少女がカフェのレジで店員にホットサンドとコーヒーを頼む様子を眺めていた。

(マスター、ひょっとしてこういうはかなげな女の子が好みのタイプ? )

「ちょっとアスタロト、からかわないでよ」

 アレックスはアスタロトのからかいに唇を尖らせた。

(あっ、あの子が戻ってくるよ。名前とか聞きだしてみたらどうかな?)

 アスタロトはアレックスを魔法のロッドの少女に視線誘導した。少女はゆっくりとアレックスのいるオープン席に向かっているのが見えた。

――まぁ、ここで会ったのも何かの縁だし少しぐらいはいいのかもしれない。

 アレックスの心に少し不純な炎が宿った。

「ごめんなさい、待ちましたか。ちゃんとホットサンドとコーヒーを頼んできましたよ」

 そう言って少女はチケットをドヤ顔で見せた。はかなげな印象は見た目だけのようだ。

「ところで僕たちまだ自己紹介を済ませてないような気がするんだけど、僕の名前はアレックス・オルムステッド。駆け出しの冒険者をしている」

「名乗られたら名乗り返すのが貴族の礼儀ですね……私の名前はプリムローズ・ゴトランド。魔術師ギルドで働いています」

 少女……いや、プリムローズの名前を聞いてアレックスは心の中で驚愕した。それはユージン・ゴトランドと名字が同じだったからだ!

「プリムローズ・ゴトランド……ひょっとしてお兄さんの名前がユージンだったりはしない?」

「アレックスくんはどうして私の兄さんの名前を知っているんですか……もしかしてアレックス君は兄さんとパーティを組んだことがあるの!?」

 アレックスとプリムローズはお互いに目を白黒させた。そしてプリムローズはアレックスのつけている六王の腕輪に視線をやった。

「そうか……アレックスくんが兄さんから聞いた追放の餞別に腕輪をプレゼントした冒険者だったんですね」

 プリムローズはアレックスのことを納得した表情を見せた。

「まったくその通りです……この腕輪は結構役に立っています」

 アレックスはバツの悪そうな顔をした。どうやら世間は思ったより狭いらしい。

「アレックスくんもそんなに謙遜しないでください……ところで、この腕輪並々ならぬ魔力を感じますね」

(そりゃそーだよ。アヴァロニアの六王が詰まった腕輪なんだからね)

 アスタロトがなぜかドヤ顔を連想させるような声色で話しかけた。

「こんなに高い魔力を持つ腕輪は危ないですね。中には危険な位階の高い魔物……例えば魔王とかが入っているような気がしますね」

「やはり魔術師ギルドの一因だからかこの手のアーティファクトのことは詳しいんだね」

「えぇ……魔術師ギルドの仕事柄、アーティファクトには詳しいんです」

 そう言うとプリムローズはナプキンに何やら書き物を始めた。内容は魔術の呪文のようだ。

「アレックスくん、この魔術式は召喚物の存在位階を下げることができる魔術の呪文なの……これを使えば安定的に召喚物を召喚できるようになりますよ」

「そんなものを教えてもらっていいの?」

「はい、この腕輪に内包される魔力が強力すぎて、複数召喚が不可能なので大変かなぁと思ったのですが……余計なお世話でしたか?」

 プリムローズは悲しそうな表情を見せた!

「プリムローズさん、すごく助かるよ!」

 アレックスは慌ててプリムローズに感謝の意を表した!

「いいえ、助けられたお礼をしたまでです」

 そう言ってプリムローズははにかんだ。

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