第30話 紗夜の日記
八月十五日
夜に家をぬけ出した時に、林の中で知らない男の子に会ってしまった。転んでいたから思わず助けてしまったけど、こっそり神社の様子を見に行っていたのがお父さんやお母さんにバレたら怒られる。だまっておいてってたのんだけど、守ってくれるかな? あの子はどうして林にいたんだろう。まさか、オバケ? 神社はカギがしまっていてやっぱりのぞけなかった。少しこわれかけのカベがあったから次はそこから入れるか見てみよう。
八月二十日
また神社の中をのぞこうとして夜にぬけ出した時に、あの男の子に会った。私の名前を知っていてびっくりした。あの子はオバケじゃなくて、家出少年のあまのきりとっていうらしい。夏休みが終わったら雫山小学校に来ると言ってた。今日も神社に行って、中へしのびこんだ。そして神事に使う井戸の中をのぞいてみた。中は暗くてどうなっているのか分からなかった。こんなところに入るなんてこわくてたまらない。
九月一日
紗陽がかっこいい転校生が来たと話していた。今日は私が学校に行く順番だったのに、アミちゃんから転校生が来ると聞いた紗陽が、いつものように「順番をこうたいして」って言ってきた。お父さんもお母さんも、私と紗陽が外に行く順番を変えても気づいてくれない。私が外に行く日よりも、紗陽が行く日の方が多いのはずるい。私が妹だけど、ふたごなんて同じ日に生まれたのに。紗陽は昔からお母さんにぶりっ子するのが上手だから、私はお母さんにくっついたりできない。神事だって、私がしないといけないって決まってるのはずるいよ。あんな井戸に入るの、こわい。助けてたすけて。
九月十五日
島田くんがきりとに負けたって大さわぎになった。きりとはクラスの子たちとも仲良しで、私とも仲良し。紗陽はきりとのことが好きだって言う。私の方が先に会ってたのに。お姉さんはずるい。
九月二十六日
きりとが学校で「紗夜」ってよんできた。いつもは「綾川さん」なのに。もしかして、きりとにはバレているのかもしれない。私がふたごだって。入れかわって学校に行っていることがバレちゃったのかも。でも、きりとならきっとだまっててくれる。きりとのことを紗陽が取ろうとするのがイヤでたまらない。
十月四日
やっぱりきりとにはバレてた。私と紗陽が双子だって。入れかわっていることも。それに、紗陽より私の方が好きだって言ってくれた。紗陽は「きりとが学校で優しくしてくれた」「物をかしてくれた」って言ってわざと自慢してくるから、私なんて告白されたって言いたかったけどやっぱりやめた。紗陽も私の大切なお姉ちゃんだから。きりとに失恋したって分かったら泣いちゃうと思う。
十月十日
紗陽が全然学校へ行かせてくれない。喧嘩した時につい「紗陽はいじわるだ。そんなんだときりとに嫌われるよ」って言っちゃった。そしたら学校に行かせてくれなくなった。お母さん達に話そうとしても、最近は私と話したりすると辛そうな顔をする。「紗夜はもうすぐ本当の神子になる子どもだから、あまりお母さん達とは話せないんだよ。話したら神社の井戸の中から出てこれないよ」って紗陽は言うけど、本当かな?
十月十一日
紗陽が死んだ。私のかわりに紗陽が神子になったんだって。なぜだかわからないけど。お父さんとお母さんは、紗陽が死んだって、きりとのおばあちゃんが伝えてきたからびっくりして泣いていた。きりとのおばあちゃんは私と同じふたごのかたわれで前の神子だった人。だけど私は妹なのに神子にならなかった。紗陽、井戸の中はこわかったのかな? 悲しいけど、もう紗陽がいないから毎日外に出られるのが少しだけうれしい。ごめん、紗陽。
十月十二日
今日は学校を休むように言われた。頭をけがしたふりをしないといけない。早く学校に行きたい。紗陽がいないのはふしぎなかんじ。お父さんやお母さんは私に前よりやさしくしてくれる。紗陽がいないだけで、ちょっとだけやさしい。でも、紗陽がいないと悲しいな。
十月十三日
きりとは私のことを二重人かくだと思っていたみたい。ふたごだとバレてたわけじゃなかった。神事は終わったのに、またする予定になった。今度は何もしないけど、その日にお祈りするだけなんだって。きりとに私の名前を教えた。うれしそうにしてくれたのが私もうれしくて、急に紗陽がかわいそうになったけど、でも私だって、きりとのことが好きだったんだもん。
三月二十二日
今日は卒業式だった。この日記も久しぶりに書くけど、もう書くことがないかもしれない。引っこしをする桐人とはもう会えない。神子の家は次の神子が生まれるまではこの場所から離れられない。でも紗陽が神事を行ったのに、どうして雫山村に災いが起こったのだろう。やっぱり最初のとおり、私が神子にならないと効果が無かったのかも。お父さんとお母さんは、今さらになって「神子だなんてメイシンだったんじゃないか」なんて言い始めた。私のことをこの村の人柱にしようとしたくせに。紗陽が神事をして、それでも災いが起こったからってそんなこと言うんだ。ほとんどの人が引っ越していなくなってしまった雫山村の神子なんて、意味があるのかな。
三月二十三日
桐人が村を出て行った。アパートの前に引っこしのトラックがとまっていて、桐人と明日香ちゃんが車に乗って行った。私は遠くから見ていたけど、でも声をかけることはできなかった。桐人はとても悲しそうな顔をしていたから。
三月三十日
お父さんとお母さんが私といっしょにどこかへ行くと話しているのを聞いた。「あっちで待ってるから早く行ってやろう」って夜にこそこそリビングで話してた。どこに行くのか分からないけど、大キライなこの村を出られるならどこでもいい。桐人、大人になったら同そう会で会えるかな? それまで私のこと、忘れないかな?
――三月三十一日午後一時三十分ごろ、雫山村の民家で四十代の父親と母親、十二歳の娘が死亡しているのが発見されました。父親が出勤しない事を不審に思って訪れた同僚が、リビングで倒れた三人を見つけました。母親と娘は体から血を流しており、首から血を流して倒れていた父親の手には刃物が握られていました。なお、この雫山村は去年の大震災による土砂崩れで壊滅的な被害を受けた地域であり、この家族はそれ以降何か深刻な悩みがあるようだったとの地元住民の話もあり、警察は無理心中を図った可能性が高いとみて調べをすすめています。
〜fin〜
月夜のさや 蓮恭 @ponpon3588
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます