第26話 両親との抱擁


「桐人、桐人!」


 自分の叫び声で目を覚ますと、真っ暗な部屋で寝かされていた。目が慣れてくるとそこが自分の部屋なのだと分かる。急いで枕元の電気を点けた母親が、心配そうに眉を下げて覗き込んできた。どうやら隣で寝ていたらしい。


 こんな時だというのに、小さい頃は風邪をひいた時に母親が一緒に寝てくれていた事を思い出してじわりと嬉しくなる。起き上がってパジャマ姿の母親に抱きついた。五年生にもなって恥ずかしいけど。それでも母親に抱きついて、ギュッと抱きしめて欲しかった。


「桐人……、大丈夫? 辛かったわよね……」

「母さん……。ねぇ、紗陽は……? さやは、大人に殺されたの?」


 起き上がった母親は部屋の電気を点けると、すぐに別の部屋にいる父親を呼びに行った。「お葬式の事は、お父さんじゃないと詳しくは分からないの」と言って。お葬式? あれは本当にお葬式だった?


 枕元の目覚まし時計を見ると朝の五時前で、あの忌々しい神事の翌日になっているのだと分かる。

 あれは現実だったんだろうか? カモが死んで、紗陽も……。 


 ガチャリ、と扉の開く音がしてそちらを見ると、父親がパジャマではなくワイシャツとスラックスで入って来る。髪型も既に整えられていて、いつもこんな朝早くに起きない俺は、父親が普段から早起きなのかどうかは知らない。


「おはよう。大丈夫か?」

「父さん……。紗陽は? 昨日のあれは何?」


 父親は困ったような顔をして首を振った。そして部屋の床に敷いた布団の上に膝をついて俺を抱きしめる。こんなこと、してくれたのはいつぶりだろう。


「昨日、この村の風習に則ったがあっただろう。村長の息子さんの。それが終わってすぐにお前は倒れたんだ」

「葬式……? 神事は……?」

「神事? 何のことだ? 村の葬式は独特だったから、お前は驚いて途中で倒れてしまったじゃないか」


 嘘だ、嘘だ嘘だ……。それなら……、それなら紗陽があの神事で殺されたのも嘘だっていうのか?


「でも! 何であんな変な葬式を……」

で亡くなった者は、あんな風に葬式をするのがこの村の決まりなんだ」

「紗陽は⁉︎ カモに襲われた紗陽はどうしたの⁉︎」


 事故? 紗陽がアイツを殺してしまったのを事故だと言うのなら、紗陽はどうなったんだ?


「綾川の娘は怪我をしていたから病院へ向かって治療した。今は家で休んでいるだろう。傷が治ったら学校にも行くと聞いている」

「紗陽……さやは生きてる?」

「頭を打ってはいたが、大丈夫だ。村長の息子が何をしたのか、大体は想像がつく。アイツは元々危険な奴だった。子どもの頃にいじめられた過去があるせいで、小学生を見ると石を投げたり叩いたりして警察に捕まった事があった」


 父親の顔は真剣で、俺にはそれがどんな意味を持つのか、どんな感情でいるのか分からない。ただ、紗陽が生きていると分かって本当に……心底嬉しくて涙がこぼれ落ちた。ボロボロと溢れる涙は布団に染み込んでいく。父親はそんな俺の頭を優しく撫でた。


「紗陽は……、警察に捕まったりしないよね?」

「大丈夫だ」

「学校に行けば紗陽に……さやに……会える?」


 鼻水と涙が混じりあってぐちゃぐちゃになった顔を手の甲で乱暴に拭った。父親はそんな俺をじっと見つめてから、コクリと確かに頷いた。


「良かった……。さや……良かった」

「この村の風習のせいで、怖い思いをさせて悪かったな」


 再び父親に抱きしめられた俺は、大声をあげて赤ちゃんみたいに泣きじゃくる。父親はそんな俺の背中をずっとさすってくれていた。窓から朝日が射し込んでくる頃まで、ずっとずっと。










 

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