第25話 嘘だ


 先程の空間に戻ると、『石打ち』というのは終わっていた。どうやら俺と祖母が戻って来るのを待っていたらしい。俺は申し訳なくて小さく会釈しながら、だいぶ後ろの方へ座った。けれど全員が悲しげな顔をして前を向き、そんな事は気にも留めていないようだ。


 遠くに見える紗陽は担架に乗せられたままじっとしている。さっきと違うのは、赤い布でその身体が覆われているということ。それと、黒い着物を着た女の人とその隣に黒いスーツの男の人が座っていることだ。

 二人は横になったままの紗陽に向かって何かを話しかけている。あれが紗陽の両親だろうか。ある日の図書室でさやは姉がいるのだと話していたが、きっとまだ大人じゃないからこの神事には参加出来ないのだろう。


「それでは、神子を神様のところへ送ります。皆さん、どうかお祈りしてください」


 宮司がそう告げると、大人達が一斉に手を合わせて頭を下げた。俺も隣の祖母と一緒に頭を下げる。


「ああ……っ!」


 突然、女の人の悲しげな叫び声が響く。その後は口を抑えて我慢するような泣き声と……。

 

 それと同時にドガッともガツンとも言えないような鈍い音が何度か聞こえた。あの時、紗陽が石でカモの頭を殴りつけた時に聞こえた不快な音が、何度も聞こえてきた気がした。


 何が起こっているのか分からないけれど、その鈍い音がとにかく怖くて怖くて、目をギュッと瞑る。


 すると、突然誰かのゴツゴツした手で耳を塞がれた。急にそんな事をされたからびっくりして怖かったけど、何となくさっき後ろに座った父親の手のような気がした。あの音を聞きたくなくて、俺はそのままじっとしていた。


 どのくらい経っただろうか……なるべく早くこの神事が終わるようにとずっと祈り続けた。早く紗陽があの穴から出られるように。


 近くで誰か動く気配がして、薄らと目を開けてみる。目の前のおばさんのお尻が動いた。そおっと目線を横に向けると、大人達が顔を上げて手を合わせている。泣いている人や、睨みつけるように前を向く人が多い。


 顔を横に向けた時に、父親が俺の耳を塞いでいた手がスッと外される。急にザワザワと周りの音が聞こえてうるさく感じた。


「桐人ちゃん。神事は無事おわったよ。帰ろう」


 隣の祖母がそう言って俺の手を握る。立ち上がったりする大人の身体の隙間から前を見ると、黒い穴はあの分厚い蓋がされていた。蓋の上には青々とした葉っぱが置かれていて、紗陽の両親も宮司もその他誰も近くにはいない。


「紗陽は?」

「神事を終えた神子は両親と一緒に家に帰ったよ。また怪我が治って元気になったら学校にも来るからねぇ」

「そうなんだ。良かった……」


 思ったよりも早く神事が終わってホッとした。祖母の言った通り、短い時間の神事だった。

 ゾロゾロと大人達が出口に向かって移動する波に乗って、祖母と父親と俺は三人縦に並んで移動する。視界の端で何かが見えた気がして目を凝らすと、張られた幕の裏手で村長と男の人が、石の入ったザルを運んでいるのがチラッと見えた。


「え……」


 一番上に置いてあったつるりとした大きめの石には、べっとりとまとわりつくように赤黒いものが塗ってある。今日も同じ赤を見た。あれは……カモと紗陽の頭から出ていた……血? 


 まさか……、さっきのあの音……、石打ち……、神子を送る……。紗陽……さやは? ばあちゃん、何で嘘を吐いたの? 俺はもう、さやに会えない……。


「桐人!」

「桐人ちゃん!」


 ドタンっという大きな音と身体を強く打ち付けた感覚を最後に、意識がすうっと遠のく。


――『ワシは、雫山村の大人が怖い。どうしてあんなむごい事ができるんだと心底思っていたのに、それでも結局ワシはこの村で死んでいく。お前は大人になる前にこの村を出て行け。絶対に神子と神事には関わるな』


 三谷の祖父が言った言葉の意味が分かった。今までも、大人達は神事と言っては神子を殺してきたんだ。


 それを、どうしてかは分からないけど三谷の祖父は知ってしまった。年代的には祖母の妹、『イネコ』が神子だった時に知ったのだろうか……。


 祖母の妹イネコも、紗陽とさやみたいに大人達に殺されたんだ。


「いやだぁぁ……っ!」

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