第10話 転校生
「今日からこのクラスの一員になった天野桐人くんだ。まだ天野くんはこの雫山村に来て一ヶ月ほどだから、皆で協力して早くこの村に馴染めるように手助けするように。さ、天野くんからも挨拶を」
担任は石川という名前で、五十歳くらいのおじさん先生だった。クラス全員の視線がこちらに注目しているのをひしひしと感じる。あんなに憧れていた『先生に紹介される転校生』という立場にも、緊張で手が震えるのを隠すので精一杯だ。
「天野桐人です。よろしくお願いします」
頭を下げてからもう一度上げた時、さりげなくクラス全体を見渡す。そうしたら、教室の真ん中あたりに見つけた。
あの女の子、さやだ。
長い髪の毛は上半分を一つに結んで、あとはそのまま垂らした髪型をしている。髪型の名前なんて知らないけれど、ぱっと見どこかのお嬢様みたいだなと思った。
この学校は制服が決まっている。男子は学ランで女子はセーラー服。さやのセーラー服姿は明らかに他の女子とは違った。凛として、大人っぽくて。前の学校でもさやみたいな雰囲気の女子はいなかったかも知れない。
「席は学級委員でもある綾川の隣だ。綾川、手を上げて」
「はい」
さやが右手をまっすぐに上げた。にっこりと笑う表情はどこか作り物めいていて不思議な感じだ。
「天野くん、それじゃあ席について」
「あ、はい」
さやの隣、空いた席についた俺はランドセルを下ろして机の上に置く。みんなは後ろのロッカーに入れているけど、俺はどこに入れたらいいんだろう。
「天野くん、こっち」
さやが立ち上がって、後ろの方へと歩き出す。ロッカーを教えてくれるみたいだ。皆の視線がまた一斉に俺の方へと向けられて、チクチク刺さるような気がした。
ランドセルをしまってから席につくと、先生が授業を始める。理科の授業は前の学校で習って終わったところだったから、少し余裕の気持ちであたりの様子を窺う。
このクラスは俺を入れて二十人。皆制服だから、なかなか顔を覚えるのが苦労しそうだ。さやだけはもう覚えてしまったけれど、後の男子も女子も、みんな同じように見える。皆まじめに授業を受ける様子で、街 前の学校のように寝たりする子はいなかった。
休み時間になり、早速さやに話しかけようとしたけれど、一斉にクラスメイトが近寄って来て質問攻めにされる。
「ねぇ、天野くんは街の学校から来たの?」
「うん」
「どうしてこんな時期に転校して来たの?」
「妹が喘息で……。ここは空気が綺麗だし、祖母が住んでるから療養の為に転校したんだ」
「好きなスポーツってある?」
「あまりスポーツはしないかな。得意じゃなくて」
「えー、じゃあ休み時間は何して遊ぶの?」
「読書してる」
さやと話したいのに、次々と質問してくるクラスメイト達。さやはというと、クラスメイトの女子五、六人で集まって教室の隅でヒソヒソと話している。
「この学校って図書室ある?」
あまりにどうでも良い話題ばかりで、つい自分から話を振ってしまった。一瞬空気がシンと静まり返って、それから何人かが口々に答えてくれる。
「図書室?」
「あるよ、勿論」
「昼休みに案内しようか?」
図書室があるか、なんて少し言い方が拙かったかも知れないと思ったが、親切にも案内してくれるというクラスメイト達にすぐに笑顔を取り繕ってお礼を言った。危ない危ない。さやの方に気を取られて、つい皆の反応を見るのが疎かになってしまった。
話しかけたかったのに話す事が出来なくて、イライラしているのを自覚した。
「うん、頼めるかな? ありがとう」
「いいよ。やっぱ街の子は違うなぁ。勉強熱心なんだ。俺、丸本って言うんだ。よろしくな」
屈託のない笑顔でそう言ったのは、よく日焼けした丸顔で短髪の丸本という男子で。
そこからは次々と名前の紹介が始まった。名札があるからしばらくはそれを見ながら声を掛けることにしないと、さすがに一度では覚え切れない。
そうこうしているうちにチャイムがなって、すぐ二時間目の授業が始まった。今日は一日中こんな感じで過ごすのだろう。転校生に憧れた事もあったけれど、案外大変だと分かった。
明日香は大丈夫かな? 前の学校では、喘息で体育を休んだりしている事を言われたりしていじめられていた明日香。新しい学校には上手く馴染めるだろうか。
緊張であっという間に授業が進み、いつの間にか昼休みになっていた。結局さやとは話せていない。さやはいつも決まった女子達と固まってヒソヒソやっている。女子というのはどこの学校でもあんな風に固まってでしか行動出来ないのか。
「天野くん、それじゃあ図書室に行こう」
声を掛けてくれたのは色黒丸顔の丸本と、メガネでひょろっとした三谷だった。
「ありがとう。よろしく」
男三人で教室を出た。図書室に着くまでに明日香のクラスの前も通る。気になってさりげなく覗いてみれば、明日香は何人かの女子と笑って話している。どうやらこの学校ではすぐに馴染めそうだ。やっぱり女子は固まって話すものなんだな。そんな風に思いながら廊下を進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます