第9話 田舎のしがらみ
ブロックで区切られた畑のようなものも見えて、一年から六年までのプラカードのような立て看板が立っていた。畑の横にはひまわりが植えられていて、黄色い花はこちらからでも随分大きいのだと分かる。
「田舎のひまわりは街のよりデカいのかな……」
「ふふっ……そんなわけないでしょう」
思わず呟いた言葉に、母親が反応して笑ってくれたのが無性に嬉しかった。久しぶりに母親を笑わせられたのがこんな言葉だったなんて。
「だって、ここから見てもあんなにデカいんだから」
「そうねぇ、肥料か何かコツがあるのかもね」
夕方とはいえ、まだギラギラと暑い日差しに妹も俺も汗をかいてしまった。Tシャツが肌にくっついて気持ち悪い。母親も額の汗を拭いているから、勿論暑いのだろう。近くに『雨宮商店』という個人商店があるのが見えた。
「母さん、あそこで何か買ってよ」
いつもならそんな事言わないのに、今日は素直に強請ることができた。母親もそれに気づいたのかどうか、嬉しそうな顔をして頷いた。三人並んで雨宮商店の方へと歩く。
緑と白の縞々のテントのような屋根がだいぶ古さを感じさせる小さな食料品と日用品の店には、おばあさんが一人店番で座っている。ここは指定の制服や学校用品を買う店でもあるから、引っ越して間がない時に祖母と一緒に訪れた。
「いらっしゃい」
しゃがれ気味だけど可愛らしいおばあさんの声に、目の前の妹が笑いを堪えている。何がそんなに面白いのかと思えば、おばあさんが椅子の上で正座をしているのが面白いのだと言う。
「だって、椅子の上で正座してるよ」
「こら、人を指差してそんな事を言うなよ」
おばあさんを指差してそんな事を言う妹に、俺は思わず厳しい声を上げた。
「すみません。こんにちは、まだ暑いですね」
「アンタ、こないだ制服を買いに来たすみえさんちのお嫁さんかい?」
「あ、はい。先日は義母と子どもたちが制服を買いに来ました。これからお世話になります」
「街から来たらしいねぇ。娘さんは喘息だとか」
どうやら田舎は新入り情報も早いらしい。母親が頭を下げているのに、妹は店内でさっさとお菓子を選んだりジュースを選んだり忙しそうだ。
奥は学校の制服を買う時に採寸をしたり在庫が置いてある場所、他にも店内には駄菓子や文房具なども置いている。小学生が帰りに寄り道したりするんだろうか。前の学校もこういうお店が学校のすぐ前にあったなぁと思い出す。
「お母さん、いくらまで?」
「そうねぇ、今日は五百円ね」
妹がいつものお決まりのセリフを言ったけど、母親はいつも三百円と言うのに、今日は少し多めに答えた。大人の世界は近所にも気を遣わなければならないから大変だ。
「ありがとうねぇ」
「こちらこそ」
結局俺と妹は五百円ずつ駄菓子だのジュースだのを買って、母親もお愛想みたいにお菓子やジュースを買っていた。合計二千円も支払って、帰りは大きなビニール袋を下げて坂を登らなければならなくなった。
「少し車で走ればスーパーもあるんだけど、たまにはあそこで何か買わないとだめかしら……」
「別に気にしなくてもいいと思うけど。気になるならばあちゃんに相談してみたら?」
「そうねぇ、お義母さんに聞いてみようかしら。さすが桐人ね」
家に帰る途中で母親が独り言のようにそんな事を言っていたから、俺は思った事を答えただけだったけど、母親は俺のことを褒めた。
別に買い物なんて好きなところですればいいと思う。だけどやっぱり田舎は街と違って色々しがらみってやつがあるらしい。
とにかく明日から通う学校は片道二十分ほどで着くことが分かったので、それを踏まえて家を出ないといけない。前の学校は集団登校だったけど、ここでは違うらしい。妹は歩くのがそんなに早くないから、明日は少し早めに家を出ようと思う。
夜になって父親が仕事から帰って来た。何となく気まずい気がしたのは俺だけだったようで、父親の方は何事も無かったかのように「ただいま。桐人も帰ってたのか」と笑っていた。
その日は久しぶりに家族四人が揃って食卓を囲んだ。その代わり祖母が一人で夕飯を食べているのかと思うと、何だか少し可哀想な気持ちになる。けれど今までだってそうだったんだから、と自分に言い聞かせて考えないようにする。
「明日から桐人は雫山小学校の五年生として、明日香は三年生として登校か。頑張れよ」
父親は機嫌がいいみたいで、どうせなら地蔵のこととかこの家に住んでた夫婦のことを聞こうと思ったけれど、やっぱりせっかく機嫌がいいのに何がきっかけで悪くなるか分からないからと思ってやめた。
母親は昼間の買い物のことを早速父親に報告して、今後どうしようかという事を相談している。結局祖母に聞いてみろと父親が言ったから、「桐人と同じことを言うのね」なんて言って笑っている。
寝る前にもう一度学校からもらっていたプリントを確認して、忘れ物が無いかチェックした。転校早々忘れ物なんてしたくない。一応宿題も前もって渡されていたものを終わらせている。
「さやと話せるかな?」
月夜に出会ったあの女の子の事を考えてワクワクするなんて、まるで俺がさやの事を好きみたいじゃないか。いや、あんな非現実的な出会い方をしたから気になっているだけだ。
そんな風に、また俺は子どもらしさのカケラもない捻くれた言い訳をして眠りについた。
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