第14話 買い物
フロラン様の研究室に入ってすぐ、待ち構えていたフロラン様に捕獲されたジルは、恨めしそうな目を私とノエルに向けた。その口から「だましたな」という怨嗟のこもった声が漏れている。
「騙したとは人聞きの悪い……業務を終えたら好きなだけ、語り合ってください」
むすっと不貞腐れているジルにノエルがいつもの調子で言う。
ジルはその様子に少し考えながら、しかたないな、とばかりに笑みを浮かべた。
「まあ、そうだね。私の可愛い弟子が結婚するのだから、ひと肌脱ぐべきかな。そうすると、今日のところは可愛い弟子の師匠である私に免じて許してあげよう。さあ、フロラン。私の有能さをその目によく焼き付けるがいい。ついでに書類も焼いてしまえば仕事もさっさと終わるだろう」
「馬鹿なことを言っていないでさっさと取り掛かれ。いいか、業務中に魔術は使うな。紙が破損しやすいということをよく理解したうえで仕事に励め」
ジルをぐるぐる巻きにしている縄を引っ張りながら、フロラン様が険しい顔で言う。
ちなみに、ノエルは仕事中に普通に魔術を使っている。紙を取るぐらいの簡単なものだけど。
でも、ジルならそんな簡単なものでも、魔術を使うことを許せばとんでもないことをしでかすと思われているのだろう。否定できないので口は挟まない。
「まったくフロランはせっかちだね。もっとおおらかに構えることはできないのかい? この私が手伝ってあげる気になっているのだから、諸手を挙げて歓迎すべきだというのに。……ああ、そうだ。私の可愛い弟子と弟弟子。この際、フロランは私に任せて二人で出かけてくるといい。大丈夫、フロランの小言は私が受け止めてあげよう。心の広い私に感謝の証として土産を買ってくることも許してあげるよ」
いつも以上によく喋る。なんだかんだ言って、ジルはフロラン様のことをそれなりに気に入っているのかもしれない。
それをフロラン様もわかっているのかいないのか、深いため息と共に私とノエルに視線を投げかける。
「……黙って仕事をさせるのにも、お前らはいないほうがいい。今日は休みをやるから、どこにでも行け」
しっしっと追い払うように手を振るフロラン様に、私はどうしたものかとノエルをうかがい見る。
師匠二人が出かけてこいと言うが、私はすでに昨日、休みをいただいている。二日連続休んでもいいのだろうか。
フロラン様の手伝いはできなくても、ジルの研究室でやれることはある。
「わかりました。ちょうど、家具を選びたいと思っていたところですので、お言葉に甘えさせていただきます」
ノエルがちらりと私を見てから、ジルとフロラン様、二人に向けて頷く。
それに対して、私たちの師匠が顔がどことなく満足そうに見えて――もしや、すべて予定調和だったのでは、と疑いそうになる。
だけどジルはいつものごとく人を煙に巻こうとするし、フロラン様は仏頂面で、ノエルは言うまでもない。
いつもとさほど変わらない三人の魔術師。疑うことはできても、実際どうなのかを探ることはできない。
魔術師の弟子になってから三年。まだまだ魔術師に対する経験値が足りないようだ。
それはさておき、家具選びということは私も無関係ではない。まさかこれで、まったく関係のない家具ということはないだろう。
私もわかりましたと頷いて、フロラン様の研究室を出る。
魔術の塔は王都のすみっこに建っている。
何が起きるかわからないので周りには何もなく――今はノエルの建てた家があるけど――買い物に行くには馬車に乗る必要がある。
ということで、家具を買いに行くことになった私とノエルは、馬車に乗って小一時間してようやく、家や店が立ち並ぶ場所に到着した。
王都は商業地区と住居地区と、貴族が暮らす地区の三地区で構成されている。やろうと思えばより詳しく細分化できるが、ある程度の地図さえ頭に入っていれば誰も困らないので、わざわざ細かく区分しようとする人はいなかったらしい。
「家具、ということは注文ですか?」
国の中心ともいえる王都の商業地区。そこにはたくさんの店が並んでいる。並びすぎて、大型店舗を構えられないほど。
なので、大型商品を買う場合は注文して、一から作ってもらうことが多い。近くの街や村に倉庫を構えて商品を管理している店もあるが、どちらにせよ時間はかかる。
「僕はどちらでも構いませんが……あなたはこだわりなどはありますか?」
「……悩みますね。爆発などで壊れてしまうかもしれないことを考えると、安価なもので揃えるか……長年使えるように耐久性を重視するか……」
でも耐久性を重視しても、爆発には耐えられないだろう。鉄で作れば可能性はあるけど、変形したらどちらにせよ用を成さない。
「ある程度は耐えられると思いますが……さすがにジルからの被害は抑えられませんね」
塔の周りで何か起きれば、その犯人は九割ジルだ。
そうなると、なるべく細部にこだわらず、安価で揃えやすいものにしよう。そしてやはり、塔の近くに家を構えたのは失敗なのではないだろうか。
「魔術師は何かと研究室にこもりがちですからね。僕は構いませんが、あなたにはしっかりと休息をとっていただきたいので……近くなら、帰る気になるでしょう」
私の心を読んだのか、顔色を読んだのか。まず間違いなく後者だろうけど、今抱いたばかりの考えに答えられて、ドキリと心臓が跳ねた。
「魔術師を目指すんですよね?」
「え、ええ、まあ」
びっくりして反応できなかった私を見て、ノエルが首を傾げた。
「一応、目指すつもりではあります」
「ならやはり、家は近くがいいですね」
魔術師は個人主義で、研究に没頭すると部屋にこもりきりになる人が多い。
それは魔術師を目指す弟子も同じで、本気で魔術の道を目指す人ほど、成果を得ようと必死になる。
ノエルは長年フロラン様の弟子をしていて、本気で魔術師を目指しているのだと思っていた。だから最初に提示したメリットに、家に帰らなくても文句は言わないというのを掲げた。
だけどノエルはすでに魔術師で、死に物狂いで得ないといけない成果はない。研究に没頭すれば家に帰らない日も出てくるとは思うけど、私のほうがこもりきりになる可能性が高い。
それを考えるとたしかに、家は近いに越したことはないのかもしれない。徒歩五分だし、となんだかんだ帰りそうだ。
「それに、できれば毎日あなたに会いたいですし」
「……ノエルは毎日帰るつもりなんですか?」
「あなたのいる家に帰らない理由がありますか?」
不思議そうに――いつもと同じだけど――首を傾げられ、唸ってしまう。
「ぜ、善処します」
「はい。お願いします」
確約できないのは、成果を得るのにどれぐらい時間と手間がかかるかわからないから。
もしも、時間や手間がかからないのなら、私はなんて答えたのだろう。そんなことをふと考えたけど、答えは出なかった。
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