第8話 夜会に向けて

 魔術師の弟子には、師が受け入れさえすれば誰でもなれる。だけど魔術師は誰も彼もが一癖も二癖もあるので、苦労の連続にやめていったり花咲かず諦めたりと、長続きする人は少ない。

 だけどそれでも弟子になろうとする人がいるのは、それだけ魔術師が重宝されているからだ。


 魔物の討伐から自然災害、日々の営みに至るまで、大なり小なり魔術師の発明してきた技術が使われている。

  魔術師本人でなければ成せないこともあるけど、魔道具という――魔力をあまり持たない者にも扱える道具に変換することで、活用できるようになる。


 生活に欠かせない存在である魔術師は当然、敬われ、それなりの待遇が約束されている。だからその栄光を手にしたいと思う人がいるわけだけど、弟子から魔術師になれるのは一握り。


 弟子になるのは簡単でも、魔術師には国に認められないとなれない。

 何かしらの功績を残して初めて、魔術師と名乗ることを許される。


「すごいじゃないですか。もしかして最年少で魔術師になったのではありませんか?」

「そんな大それたものではありませんよ。フロランの弟子をやめていたことがあると、お話しましたよね。その際に自分探しというものをしていたのですが……偶然にも湖に生息する古代魚を見つけまして……討伐したら認められただけです」

「古代魚……もしかして、ミュラトール領の?」


 数年前、我が家が所有しているミュラトール領に古代魚がいたという報告が上がってきたことがある。

 古代から生息している生物は総じて狂暴で、凶悪だ。自然の中での生存闘争を潜り抜けてきた猛者なので、その実力は言うまでもない。

 もしもそれが湖が出てきたり、湖の中で暴れたら、被害は甚大だっただろう。


 だけどその古代魚は、誰かの目に留まる前に討伐され、報告だけで終わった。


「どこかはあまり覚えていませんが……恐らくは」

「その節はお世話になりました。おかげで、我が領地はいまだ健在です」


 頭を下げて謝辞を述べると、ノエルは小さくため息を落とした。


「安穏としている隙をついただけですので、感謝されるほどのものではありません。それに……最年少と言うことでしたら、最も若くして魔術師に上り詰めたのはジル――あなたの師匠ですよ」

「……そうなんですか?」

「はい。彼は齢五つにして魔術師と認められたそうですから」


 ジルは私が物心ついた頃にはすでに、魔術師として活動していた。

 随一の実力と、性格の難の悪さがあることは知っていたが、まさかそこまでとは思ってもいなかった。

 五歳でいったいどんな功績を上げたというのか、今さらながらに師匠に興味が湧く。


「……彼がどうやって魔術師になったのか、興味があるのなら本人に聞いてみたらいかがですか?」

「素直に教えてくれるといいですけど」

「可愛い弟子の言うことでしたら無下にはされないでしょう」

「だといいですけど……」


 ジルは口では自慢だのなんだのと言ってはいるが、ただ面倒事を押しつけているか、面白がっているだけだ。

 私が彼の弟子になれたのは、魔力を見込まれてのものではない。その経緯が、彼の興味をひいたからに他ならない。


 ジルに認められて弟子となったアンリ殿下と私には、雲泥の差がある。


「……話は戻りますが、僕は魔術師として登録されているので、大きな催しには招待されています。明日行われる夜会もそのひとつですね。おそらくあなたも招待されていたと思うのですが……僕のパートナーとして出席していただけますか?」


 王城で開かれる夜会には、私にも招待状が届いていた。出席すると決めたのは、クロードがまだ私の婚約者だった頃。

 だからこの間の舞踏会と同じように、明日クロードの横に並ぶのはアニエスで、私は一人で赴くことにになるのだろう。


「はい。むしろ、こちらからお願いしたいぐらいです」


 大勢の貴族が集まる場に、パートナーを連れず参席するのは勇気がいる。この間は時間がなくてどうしようもなかったけど。

 明日の夜会に誰と赴くか考えなくて済むのなら、断る理由はない。


 いや、それでなくても将来を誓った付き合いをはじめたのだから、パートナーとして出席するべきだと思う。


「ですが……ノエルはよろしいのですか?」


 ただしそれは、私の事情でしかない。

 数年前に古代魚を討伐して魔術師として認められたということは、それからずっと魔術師として活動していたはず。

 だけどノエルを社交界で見たことはない。


 それは、招待されても断ってたということだ。他の魔術師と同じく、煩わしいことを嫌って。


 それなのにここに来て出席すると決めたのは、私とのことが少なからず関係しているはず。


「縁談が来るのが面倒なのでしょう? 僕も、愛ある恋人のあなたに縁談が持ち込まれては困ります。僕とあなたの関係を知らしめるにはうってつけの場だと判断しました」

「……なるほど」


 言葉だけ聞けば、自分の恋人に他の男がちょっかいをかけるのを阻止したいという、嫉妬が混じってそうな意味に取れる。というか、そうとしか言っていない。

 だけど淡々とした口調と揺れることのない水面のような瞳は、効率性と合理性を求めているだけにしか見えず、態度と言葉のちぐはぐさに混乱してしまう。


「まあ、話して回るよりは早いですよね」


 だけど混乱したのは一瞬。ノエルの考えが後者であることは間違いないと思い直す。

 愛ある恋人は演じるもので、そのものになったわけではないのだから。

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