幕間 三節 鏡の国のアリス
古本屋、不思議堂。それは閑静な住宅地の合間に転々と現れ、たびたび人を招いては本を読んでもらうという謎の曰く付きの古本屋。
店主は自称魔法使い。淡麗な容姿を併せ持つも異様な雰囲気を拭えない店主に招かれたら、何度も何度も行きたくなってしまうそんな古本屋。
これは一人の少女が招かれて、そして今度は彼女の家族も共に足を運ぶお話しである。
「ここ?」
桃髪を両端に束ねてツインテールにし、苺のような真っ赤な瞳を怪訝な色で染めた男が隣に立つ少女に話しかける。
「うん」
それに頷く少女は、男より一回り、二回り小さい。同様の桃髪を顔の横に束ねている。夕焼けのような金色の瞳は初めて訪れた時とは異なり、まっすぐに眼前の店を捉えていた。
「ほら、入ろ」
「ん……」
少女に促されると男はそのまま古びた扉の前に立つ。とってつけたようなOPENという看板がますます怪しさを醸し出している。だが、背後に立つ少女に促されるまま扉に手をかけた。
ちりん。
扉が開いた動きに合わせて、備え付けられていた凛とした鈴の音が鳴る。
扉の向こうは部屋一面に並ぶ本棚。小さいふるぼけた店の外観とは異なり、内装は天井高くまで本棚が積み上げられている。
どのような仕組みになっているのは全くわからないが、暖色の灯りから寒色の海中のような色彩へと移り変わっていく。
「うっわ……すごい店だな……」
「びっくりするよね。最初入った時は普通の本屋だったのに、気づいたらこうなってた。」
「なんだそりゃ」
呆れた声を出すも、この移り変わる色とりどりの現象を目の当たりにしたら信じざるをえないというものだ。
兄妹二人同時に足を一歩前に踏み出す。
ぎしっと床が軋む音。
それと同時に、部屋の奥から男性とも女性とも取れない中性的な声が響いた。
「いらっしゃいケヴィンちゃん。それと……エルツくんだね?」
装飾が絢爛に施された三角帽子は視線を引きやすい。
警戒の色を濃くしたエルツに対してケラケラと声の主は笑う。
「あはは!ごめんね、驚かせちゃって。私は店主のルイス・キャロルだ。ようこそ、いらっしゃいませ、二人とも」
いつしかのように、歓迎の意を口にすると座っていた椅子から立ち上がる。すらっとした体格は華奢でフリルのついたシャツはロリータをイメージしてしまう。だが、長い紺色のズボンで性別がわからなくなった。
「……妹に変なことしてないよな」
「まさか!本を読んでもらってただけだよ?」
「怪しい」
ますます警戒を深める。流石に焦ったのか、店主はワタワタと両手を振り無実をなんとか主張し始める。
「本当だって!ケヴィンちゃんにはなーんにもしてないよ!?ほんと!ねっ!?ケヴィンちゃん!」
「え?あぁ、まぁ……?」
曖昧ではあるが頷くケヴィンを傍目にエルツはため息をつく。しばらくだけだと意思表示するかのように指と指で間をつくると、店主はパッと表情を明るくした。
「本、読んでくれるんだね!?」
「は?」
「警戒を緩めてくれたってことはそうだろう!?」
「は?」
「さささ、何から読みたい?君賢いからね、これとかどうだろう!」
「は?」
カツカツと距離を一気に詰めてくると、顔と顔、目と鼻の先をくっつけるほどに近づいてきた店主に思わず息が漏れる。だが、その息はだんだんと呆然に変わっていき、最後には反抗へとなった。
「おま、何言って」
「一ページだけ!一ページだけだから!」
「は、はぁ!?ケヴィンこいつなんとかしろ!」
勢いが衰えずに詰め寄り続ける店主の対処を妹に求めるも虚しく、彼女はただ首を横に振るだけである。
血の気が引いていく感覚を感じながらもなすすべなく、眼前に本が広げられる。
まだ読む気はないものの、書いてある文字に目が引き込まれ次の瞬間には。
「あ、無理やり読ませちゃった」
「えぇ……」
お茶目な私、と舌を出す店主と姿を消した兄、そして呆気にとられる妹のみその場に残ったのであった。
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