幕間 二節 鏡の国のアリス

揺らめていた陽炎は姿を消し、黄昏は過ぎ去り星明かりが住宅街を照らす頃。顔の横に丸めた桃髪を揺らしながら少女は息を上げて走っていた。手に持った一枚の手紙とビニール袋はかさかさと音を鳴らし、閑静な住宅街に響き渡らせる。

女子高校生が一人、夜遅くまで外出をしているのは実に危険である。家にいる人間に叱咤されるかもしれない。その可能性が脳裏をよぎると、更に進む足が速くなる。


「はやく帰らないと、やっば……!」


新築のアパートの前まで到着すれば、勢いを劣らずそのまま階段をかけあがる。焦燥と共にかけあがり、203の鉄扉の前へと突き進む。

なんとか到着する頃にはとっくに月明かりは光を増して、そこらの蛍光灯と同等の光を発していた。

ドアノブに手をかけて回した瞬間、ドアの隙間から手が伸びて


「いったぁ!!!」


少女の額に指でデコピンを放った。

それと同時に怒号が住宅街の静寂を破る。


「おそい!!どこにいってたんだ!」


男性にしては透き通った声があたりを響かせる。だがその声には明らかな怒りが込められていて、少女は苦痛を漏らしながらも身ぶるいをする。


「ごめんてぇ……」


「どこに寄り道してたの」


「な、なんか……古本屋……」


「はぁ?この近くにそんなのあったか?」


少女が長い前髪をどけて開けた視界の先には、長い前髪で片目を隠して両端にツインテールを作った兄の姿だった。

ツインテールには苺のアクセサリーがついており、非常に視線を引く。

疑問符を浮かべる兄に魔法使いに手渡された手紙を差し出すと、ますます兄は表情を曇らせる。


「は?なにこれ」


「そこの店主にもらって」


「変な物もらうなよ」


「だって……」


今度は少女の表情に影がさす。文句の一つや二つ言いたいものだが、口にしたところで更に反論されて終わるだけだろう。

兄の苺のように真っ赤な瞳は怪訝気に手紙を見つめるが、すぐに手に取り封を切る。

桃髪のツインテールはそれと同時に揺れ、外から吹き込む風になびく。


「拝啓……ふんふん……うわ、なんで俺の名前知ってるの」


「え?」


「ほら、この手紙だよ」


少女の顔面の前に手紙の文書が映し出される。そこには至極丁寧な日本語で文章が綴られていた。


『拝啓 エルツ様


この度は手紙に目を通して下さりありがとうございます。

わたくし、不思議堂という古本屋を営むルイス・キャロルと申す者です。

不遜ながら貴方の妹である、ケヴィン様を当店に招待させて頂きました。

本人には楽しんで頂けたようで大変嬉しく思います。

それにあたって、ぜひお兄様にもご来店して頂きたく招待状をしたためさせて頂きました。

貴方のご来店もお待ちしております。


敬具』


端正な字はあのうさん臭い魔法使いがしたためたものだと思うと、少女は思わず鳥肌が立つ。


「きも」


「わかる」


意気投合する兄妹はまじまじと心底気持ち悪そうに手紙を眺めるが、少女はすぐにきりだした。


「私、明日も古本屋さん行きたい」


「……じゃあ、俺もついてくよ」


「いいの?」


「まぁ……罠だったらやり返せばいいからな」


「脳筋じゃん……」


そう口々に軽口をたたき合いながら兄妹は部屋へと足を踏み入れいていく。乱雑に脱がれた靴は玄関に散らばるも二人ともそれを気に留めない。

明日に新たな用事がつけたされるのを密かに楽しみ合っていると、気づけば月はやや傾き始めていた。

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