彗星の本 三節 プリキンピアの出版
ハレーとアイザックの邂逅から数日、数年が経過した。
ハレーが卒倒してから実に時間が経過していた。
そしてケヴィンは体感1週間程度の時間が経っていた。
それまでに目まぐるしく状況は変わっていたが今回は前回と異なる違和感があった。
「ハレーさんにもアイザックさんにも気づいてもらってない……」
ケヴィンの存在が誰にも知覚されていないのである。誰かに声をかけても声は届かず、物に触れようとしても何にも反応しなかった。
ろうそくを消すことは愚か、ベッドに腰かけようとしても体が透けてしまいその場に尻もちを着いてしまう。
どこにも着いていない本初子午線が絡まったままで自分がそこに存在するかどうかも曖昧になっているようだ。
しかし、それはそれとしてケヴィンには都合が良かった。
暇を持て余すことは多いが、アイザックやその関係者となったハレーと会話をするのは気が引けるからだ。
自身の存在証明もあり方も否定される気分になることを恐れた彼女は天才と会話を交わすことを躊躇っていた。
その心境がそのまま反映されたかのように、少女の体は薄かった。
心が鉛のようで、その場に降り立ったコンクリートで出来た猫が少女を見て鳴いていそうな。
そんな茹で上がったふわふわとした感覚が少女を付き纏っていた。
「……あ、ハレーさんまたアイザックさんの所に行ってる」
恐らくここがエドモンド・ハレーの本の中であることは予想が着いていた。
だが、誰ともコミュニケーションが取れない今ただ呆然とハレーの後ろをついて行くことしか出来ない。
今日もハレーは忙しなくアイザック・ニュートンの元へと足を運んでいた。
その目的は_________
「ニュートンさん……原稿仕上げてくれたかな……」
「え?なに?漫画家と編集者みたいなこと言ってる」
本の出版のためにあった。
その本は勿論漫画などの娯楽物ではない。アイザック・ニュートンの研究成果をまとめ世間に公表するための本である。
その出版の金銭面はなんとエドモンド・ハレーが負担していた。
自身の研究成果を出すことを渋っているニュートンに是非出して欲しいと頼み込んだのはハレーである。
最後の一押しにと、ハレーは出版にかかる費用は自身が負担すると言ったのだ。
その結果、ハレーは定期的にニュートンの元へ足を運んでは原稿を受け取りに行っていた。
だが、ニュートンに原稿の修正で苦言を呈され、叱られ、ハレーは疲労がかなり蓄積していた。
「はあ……」
「大変そう……」
ケヴィンはそれを憐れみながら今日もハレーの後ろを着いていく。
ハレーはそれから何度も何度も足を通い項垂れながら家に帰り、またニュートンの家に足を運んだ。
それがまた数年続く。
ケヴィンも半ば同じことの繰り返しで飽き始めていた。
それでもハレーはめげずにニュートンの原稿と退治し続けた。
「だからそう書くと解釈が変わるだろ!」
「いたい!本の角で頭を叩かないで下さいよォ!!」
時折飛んでくるニュートンによる本の角攻撃を受けながらもハレーら耐え忍んだ。
ニュートンの成果を世界に発信するためだけにもう目的に出版作業に取り掛かり続けた。
そして__________
「で、できたあ!!!!」
「やっと出来たな……」
本ができ上がる頃にはハレーもニュートンも満身創痍になっていた。
世界に新たな概念を発信するのも受け入れてもらうのにも莫大な時間がかかる。
それを身に持って体験した彼らは肩で息をするような生活を送りながらも確かな達成間を感じていた。
ケヴィンは机の上に置かれた分厚い重層な本を手に取る。
「ぷりんきぴあ……か……」
少女の体は完成した本を見届けるかのごとく日に日に薄くなっていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます