林檎の本 四節 プリズム実験

世の中には数々の才能を持った者が存在する。

表現の天才、計算の天才、発明の天才。

才能を持った者たちは羨望と嫉妬の眼差しを浴びることが多々あるが、例えどんなに才能を持ったものでもこの力がなければ人は容易く離れていくだろう。

人を愛する才能である。

富と名声を溢れるほどに浴びる人間であっても、これがなければ孤独な人生というものは避けて通れない。

しかし結局はそれを不幸かどうか思うのも、私たちの主観にしかならないのだが。



「アイザックさん、何作ってるの?」

「んー…。」

「アイザックさーん。」

「ん…。」

「ねぇ、アイザックさーん。」

「ん……。」

「……クッザイアさん。」

「逆だろ。」

「あ、反応した。」

太陽が屋根の頂点まで昇る頃。

ケヴィンは暇を持て余していた。体感的にすぎた時間はほとんど経っていないに等しい。だが、研究に没頭するアイザック・ニュートンをただ観察するのに飽きるのは当然のことでもあった。

「なにつくってるの?」

「あー……プリズムだよ。ほら。」

「ぷりずむ?」

青年の手には白光を放つダイヤモンドが手にあった。

プリズムは実際はダイヤモンドではないが、太陽の光を反射して空気を照らす様はダイヤモンドさまさまだった。

ケヴィンは、アイザックが何をしたいのかいまいちピンと来ないのか首を傾げたままである。

「これで光の反射の実験をするんだ。」

「あー、屈折とかなんとかあったなぁ」

「それを利用して、光の構造を調べる。」

「もう分かったの?」

「いや、これからやる。」

椅子から立ち上がると窓辺にゆっくりと近づいていく。手にはプリズムではなく、木の板と釘があった。

ますます何をするのか理解し難いケヴィンは目を点にする他なく、ただただ青年の行動を眺めていた。

_______ドンッッ!!!

窓に向かって板を強く打ち付け始めた。

「うっわ!!」

部屋全体に強烈に走る衝撃に少女は巻き込まれ、その場に倒れこむ。だが、青年はそれに構うことも気をそらすことも無く板を打ち続けた。

_______ドンッッ!!!!

「ちょ、ちょアイザックさ」

_______ドンッッ!!

「アイザックさんてば」

_______ドンッッッッッ!!

少女の言葉は全く届くことも無く、青年は黙々と手元の作業を続ける。

少女が言葉を発するのを諦めてしまった頃、青年はようやく手の動きをとめて、額に浮かんだ汗を拭き取った。

「よし!」

「……。」

窓に板を打ち付けたせいで、外から光が差し込むことの無くなった部屋と対照的に青年の顔は実に輝かしい。

打っていた釘と板を床に置くと、次は鉄の細い棒を取り出した。

「あぁ……。」

少女はすかさず勘づく。倒れ込んだまま耳を手で強く塞ぎ込み、息を吸い込んだ。

______ガッッッ!!!!

鉄と鉄が接触し合う重い音が昼のウールスソープに響き渡った。



「ほ~…記録しておくか。」

「何もしてないのに疲れた……。」

板にあいた穴から一筋の太陽光が差し込む。光は一直線にプリズム目掛けてさしており、屈折した光は各方向に分散していた。

その様子をしきりにノートに書き記す青年と床に転がり呆然とする少女の図は奇怪としか言い様がない。

「なんか、分かった?」

「もう少し調べてみる。」

そう言い残すとまたもくもくとプリズムを動かしてはノートに書き写す作業に戻る。

何が面白いのか、何が楽しいのかと不思議でならないケヴィンはただただいつも通りその様子を眺めていた。

「……天才にしては……ただの子供みたい……」

少女はぽつりと呟いた。

思った通りに呟いた。

天才なんて超人的なものだと思っていた、とケヴィンはまた呟く。確かに超人的な頭脳を青年は見せるが、今の彼は好きなことに夢中になる子供の方が当てはまるのだ。

少女はただそれが羨ましかった。

好きなことにただ知りたいから、好きだからと取り組めるそんな青年が少女は羨ましかった。

太陽の光はいつしか羨望の光へと変わっていった。


_______もし私自身の世界があったとしたら、あらゆることが馬鹿げたものになるわ。

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