第4話 馬鹿馬鹿しい
赫い血が地面に垂れる。
それはボタボタ、と低い音を立てた。
地面が赫く染まっていく。
「____はっ」
俺は乾いた笑いを漏らした。
なんで…なんで。
血が、俺の左腕から滴る。
_____なんで、俺はコイツなんかを庇ってんだ?
考えるより、行動の方が遙かに早かったのだ。
気がついた時には、夢喰いの攻撃を受けに行ったシオンを突き飛ばしていた。
「馬っ鹿じゃねえのか…?」
痛みのせいか、俺の中のストッパーが外れる。
怒りが思考に遅れて、沸々と湧いてきた。
…馬鹿馬鹿しすぎだろ、俺も、シオンも…この夢喰いも…全部、全部が。
俺は衝動的に鎖を投げる。
夢喰いは後ろに飛んでそれを避けた。
地面を強く踏み、俺は宙に跳び上がる。
放った鎖を引きつけ、その先を掴んだ。
夢喰いの短刀を蹴り落とし、そのまま飛び降りる。
重心を落とし、勢いをつけて身体を回転させた。
鎖の先を持った俺の右腕は、確実に夢喰いの核を砕いた。
その刹那____一瞬だけだが、夢喰いが哀しそうに笑った、気がした。
直後、それは灰となって空気に溶ける。
後には、ただ静かな空間だけが残っていた。
「…っ、ぅ…」
俺の背後から、静かな嗚咽が響く。
振り返ると、地面にへたり込んだシオンが肩を震わせていた。
俺はシオンの側に歩み寄る。
……そして、その胸ぐらを掴んだ。
自分より身長の高い彼を引き寄せる。
眼前に迫ったのは、シオンの涙に濡れた顔だった。
俺はすっ、と息を吸う。
そして、それを声にした。
「……っざけんなよ!」
俺は怒鳴った。彼に、怒号を浴びせた。
「なんで死のうとしてんだよ、お前は!
身勝手に行動すんな!」
彼は、あからさまに顔を歪めた。
先程までの虚な表情は残っていない。
そこには、激情が、深い深い悲しみが、怒りが…彼の感情がこもっていた。
彼は、俺を突き放すようにして叫ぶ。
「そっちこそ身勝手だ…!
なんで…なんで助けたんだよ…っ。
ぼくは…、ぼくは終わるために此処に来たんだ!
独りは____もう…嫌なんだよ…っ」
彼は激しく頭を横に振った。
駄々っ子のように、苦しみを全部吐き出すかのように。
俺は彼の服を離す。
もう…どうにも感情が止めることが出来なかった。
「独りぼっち?
それこそ…それこそ自分勝手だろ!」
「っ…、だったら!」
彼は嗚咽を漏らしながら叫ぶ。
「君に分かるのかよ!?
自分の居場所も、大切な人も…全部奪われた気持ちを…!」
彼はそう喚き立てると、どこかに向かって駆け出した。
「お、おい…っ」
俺の呼びかけにも答えず、振り返らずに走っていく。
その姿はすぐに草むらにかき消えた。
慌ててその背中を追いかけようとして____止める。
……今、彼に声をかけても、もう一度拒絶されるだけか。
頭を冷やす為、俺は自分の頭を抱えた。
「……あぁ」
思わず、激昂してしまった。
死にに行く彼の姿を見たら____もう何も止まらなくなってしまった。
「はぁぁ……やっちまった」
本当に、やりすぎたし…言いすぎた。
シオンの言動が癪に触ったのは否定できないが……今思えば、あんなにやる必要はなかった。
後悔先に立たず、とはいえ…流石に後悔してしまう。
ため息と共に目線を下に落としたその時、地面に何かが落ちているのが目に入った。
…なんだこれ?
俺はその場にしゃがみ込む。
拾い上げた“それ”を見た俺は、思わず目を丸くした。
* * *
「シオン」
もう一度だけで良かった。その声を…もう一度だけでも聴きたかった。
______ぼくがこの島に住んでいた時、ぼくには幼馴染の少女がいた。
可愛らしくて、いつも元気な少女______リーリャ。
“百合”の名を冠する彼女は、いつでもぼくと一緒に居てくれた。
…そう、あの日までは。
「…ぅっ」
思い出すだけで嗚咽が漏れる。
あの日、自分が未来を“
…そして、それが何かも分からないまま、ぼくだけ逃げた。生き残ってしまったんだ。
ぼくはその場にしゃがみ込む。
胸が苦しくて、息すら満足にできなかった。
「…ぼく、馬鹿だ」
優希、という少年の言ったことは正しい。
…間違っているのは、むしろぼくの方だった。
彼の正しさが眩しくて、触れるのが…ただ怖かったんだ。
笑って生きていける彼のことを、妬ましく思ってしまった。
ただ、それだけだったんだ。
「…」
彼のような生き方は、ぼくには到底無理だった。
塞ぎ込まなければ、「死ぬこと」だけを考えなければ……壊れてしまうから。
それしか救いがなかったから。
地面に、ぽたりと涙が落ちた。
…リーリャに会いたい。
叶わない願いだと知っていても、そう思ってしまった。
せめて、さよならだけでもしたかった。
「リーリャ…っ」
どうか、最期に一度だけでも、名前を呼んで。
「…シオン」
ぼくの声に応えるように、彼女の声が鼓膜を揺らした。
5話に続く。
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