第5話 望んだ未来じゃなくても、ぼくらは
第5話
「…っ!」
ぼくは弾かれるように顔を上げた。
恐る恐る背後を振り返る。
「…り…」
_____幻か夢かと思った。
ただ、ぼくは息を呑むことしかできなくなってしまった。
だって…だって、そこには____
「リー、リャ…?」
______ぼくが一番会いたかった人が立っていたのだから。
彼女は、ぼくが最後に見た日の彼女のままで、そこで微笑んでいた。
忘れかけていた全ての感情がぼくの中で溢れ出る。
感情が溢れすぎて、ぼくはその場で動けなかった。
リーリャは、にっこりと笑って、腕を広げる。
「シオン、大丈夫だよ」
だから、おいで。
そう言う彼女の声が、優しく響いた。
ぼくは、無意識のうちに駆け出していた。
自分でも気づかないうちに、足が彼女に向いてしまっていたのだ。
彼女を、自らの腕で抱きしめる。
______ああ…すごく、暖かい。
幽霊じゃないし、幻じゃない。
ここに、確かにここに、彼女が存在する。
それだけで十分だった。
リーリャは、何も言わずにぼくに体重を預ける。
「会いたかった…会いたかったよ、リーリャ…っ」
ぼくの涙が彼女を濡らす。
言いたいことが、次から次へと溢れ出てきた。
後悔も、喜びも、哀しみも…止まるわけがなかった。
それだけ、失ってしまったものの大きさは果てしなかったんだ。
…できることなら、このまま全てを吐き出してしまいたい。
だけど、ぼくの中で一つの決意が決まりつつあった。
彼女の温度で、優しさで、その思考が溶け合うように…一つに纏まっていく。
「ねぇ、リーリャ」
…この決意だけは彼女に伝えなければいけないんだ。
直接、彼女に。
だから、ぼくは、それを言葉に紡ぐ。
「ぼく…もう少しだけ生きてみるよ。
…ちょっとだけ、頑張ってみるから」
それは苦しいけれど、辛いけれど。
希望すら、ないけれども。
…それでも、リーリャに顔向けできるまでは、生きてみせる。
「だからね…“さよなら”なんだよ、リーリャ。
いつかまた会えるまで、またね」
ぼくは、彼女の身体を離した。
彼女の体温が、ぼくからゆっくりと消えていく。
寂しさに埋もれながら、ぼくは彼女から数歩下がる。
…分かっていた。
もう彼女がいないことを。
此処にいる彼女は“偽物”であることを。
…覚悟はしていたことだった。
彼女がぼくの前に現れた時から……もう。
「…ありがとう、もう大丈夫だよ____優希」
だからぼくは、“彼女”の____否、彼の名を呼んだ。
彼が目を見開いたのが見える。
しかし、直ぐに彼はその瞳を閉じた。
「あー…やっぱり、バレちゃったか」
彼は観念したようにぼくから離れた。
リーリャの姿をした彼の周りに光が現れる。
それが空気に溶けた時、あとには「竹花優希」が立っていた。
_____
それが彼の夢術なのだろう。
おそらく、変身能力____もしくは、それに近い何か。
リーリャに抱きついた時、彼の右手にその文字が浮かんでいるのが見えたのだ。
優希が罰が悪そうな笑みを浮かべた。
「悪い、余計なお世話だってこと分かってたけど____」
彼がその手に握っていたのは、ぼくとリーリャを写した写真だ。
…ぼくが最期まで手放したくなかった、唯一の未練。
彼はぼくにその写真を手渡しながら、言葉を継いだ。
「____分かってたけど、シオンを独りにしたくなかったから」
「…え?」
思わずぼくは聞き返した。
彼の言葉の訳がわからない。
…独りにしたくなかった?
まるで彼はぼくが「独りじゃない」ような言い方をした。
…でも、それは彼の間違いだ。
だって_____
「独りだよ、ぼくはずっと」
____独りぼっちを終わらせるために、ぼくはここに来たんだから。
しかし、優希は困ったようにため息を付いた。
「シオン、勘違いしてるみたいだけどさ」
彼と目が合う。
その目は、眩しいほど綺麗だった。
曇りがなくて、直視したくないような目。
「お前、独りじゃねぇからな?
…
「…」
ぼくは目を瞬いた。
そんなぼくに、彼はその手を突きつける。
「お前は独りじゃない。
寂しいなら、悲しいなら俺が一緒に背負ってやるから。
……ぜってぇお前を独りになんてさせねぇよ」
彼は、スッと息を吸った。
「…俺が、お前の相棒になってやる」
「…っ」
“独りじゃない”。
彼の言葉は、今のぼくには眩しすぎた。
眩しすぎるほど、それはぼくが望んでいた言葉だった。
目を細めて、ぼくは逡巡する。
彼の手を掴んで良いのかと。
…独りじゃなくなっても良いのか、と。
全部、答えは分からない。
……分からない、けど。
「…なら」
分からないなら、答えは______。
ぼくは恐る恐る彼に呼びかけた。
「ん?」
優希が顔を上げる。
その彼に、ぼくは笑って見せた。
……そう、それは望んだ未来じゃないけれど。
それでもぼくは______
「よろしく、ね______
彼の相棒になれたら、と心から願う。
そのためなら生きたいって、生きていたいって思えた。
エピローグに続く。
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