第十一話

 曰く、創造主ははじめに天と地を創造しました。


 これは、まっさらな空間sceneとユーザーが立つべき足場コライダーのことで、まだ地となる足場には平板な姿かたちしかありません。

 そして次に創造主は『光あれ』と言いました。そうして世界が光と闇に分けられて、足場や空といったものの姿が照らされて見えるようになったのです。

 そして豆腐が初めて触った製作ソフトには、それら全てが用意された白紙の世界ことSample sceneが用意されていました。


「さて、これで天地創造の一日目はショートカットできましたね」


 果てしなく広がっていく平らな地面の上に立ってニラヤマは言います。

 豆腐が製作してアップロードしたSceneデータに、一時間ごとにニラヤマと集合して打ち合わせをする形でワールド製作を進めているのでした。


「だが、ここから我が“お告げ”のためのワールドを創るだと?たった七時間で何を創るべきか分かるわけがないだろう!」


 豆腐は久々にアクセサリーに扮した姿から解放されて、ニラヤマの前でくるくる回りながら言いました。

 ニラヤマは「んー」と組んだ手に顎を乗せる(つまり現実では机の前などに座っていて、そこに肘をついている状態なのでしょう)と、豆腐にこう質問します。


「それじゃあ質問なんですけど、例えば豆腐にとっての理想郷が“カナン”という名前であったとしましょう。あんたは何故そこに行きたいんですか?」

「どういうことだ?」


「何かしらの理由がなければ、行き方も定かではないコミュニティを目指したりだとか、ワールドを創りたいだなんて考えたりしないんです。つまりですね、あー……」


 豆腐の質問にニラヤマは考え込んでから、鼻に指を沿えて続けます。


「例えば最初にミズナラに会ったコミュニティ、そして“ソドム”のことも知りましたよね。あんたのやりたいことは、ああいう既に知ってる場所ではできないと思うようなことなんですか?」


 出会い方が悪かった――ニラヤマがそういう時に居合わせるよう仕向けただけで、ミズナラが長い間居たということは最初に向かったコミュニティにも良い部分は沢山あるのでしょう。

 そして“ソドム”のような場所を求めて、楽しんでいる人が居るからこそ、まさに “魔窟”としてのEDENが人々の声として外の人間たちにも知れ渡っているのでしょう。

 それでも豆腐は、ミズナラが見せた美しい景色の中で人々が綺麗な衣装を纏い、言葉を交わすことなく通じ合えるような場所を求めてEDENに訪れたのだと考えました。


「……大聖堂だ、我と司祭たるミズナラが託宣はいしんを行うための」


「と、言いますと」とニラヤマは先を促します。


 豆腐は言いました。

 街中の雑踏で託宣を叫んでも傍目からは迷惑な障害物にしか見えないし、アイドルだってライブステージがなければ自分たちに注目させることは難しい。

 けれど写真を見た誰もが一度は訪れたいと思うような美しい内装で、そこが自分たちのお告げを行うためだけに用意されているとしたら?


 荘厳さを保つという名目で私語を禁止にしておけば、お告げも託宣もその場所を観光したい人にとってのBGMで良い。

 過激な内容でなければ景色の美しさと同調してプラスのイメージで受容される、そういう『場所』が欲しいのだと。


「いいですね。そこまで目的がはっきりしてると創りやすい」

「意外だな、何か文句を言われると思っていたが」


 ふん、とニラヤマは反り気味な姿勢(椅子の背もたれに寄り掛かったのでしょう)で鼻を鳴らします。


「ワールドっていうのは多かれ少なかれ、頭の中の自由にできる世界を具現化したものなんですよ。誰も他人の頭の中にまで文句を言われる筋合いはないでしょう、気に入らないなら覗きに来なければ良いだけの話ですから」


とまで言ってから、ニラヤマは付け加えます。


「これが、イベントの会場だとか誰かのインスタンスに訪れるアバターみたいに、簡単に他者に作用できるものだと暗黙の了解で、やってはいけないことや共通の価値観みたいなものが出てくるんです。それもコミュニティによって変わるんですけど」


「大聖堂は隅々まで作り込まれた市販品アセットがある、多少値が張りますけど。もしも豆腐にとって“荘厳さ”や細かな構造の注文がなければ、そういうのを使った方が早い。ただ豆腐あんたがお告げを行うための場所なら、立方体キューブのモチーフを強調した方が良いでしょうか」

「むう……」


 考え込んでいる豆腐に、ニラヤマは言います。


「アセットの使い方とかは私の方が慣れてますし、次の一時間分はやってきますから。豆腐はミズナラの方を見て来てください」

「簡単に言ってくれるな」


 豆腐が言い返したのは、豆腐一人でインスタンスを移動してもミズナラと合流することが簡単でないからです。

 箱型のアバターは止まっていればミラーのスイッチ、動いていても誰かのアクセサリーに見えますが、ミズナラに気付いてもらおうと声を発せば他のユーザーにも存在を気付かれてしまいます。

 あまつさえ『ネームプレートのない箱型アバター』の不正ユーザーが居るという、根も葉もある噂が広まっている中で豆腐が出歩くのは簡単なことではありません。


 しかしニラヤマに急かされた豆腐が、ミズナラの居るインスタンスに移動した先で見たのは思いもよらない光景でした。

 豆腐が訪れたインスタンスでは、ミズナラの周りに大きさも色も様々な『箱』が群がっていました。

 それが豆腐と同じ『律法体』でないのは箱のアバターに簡略化された手足が生えていることや、上部にユーザー名が表示されていることから分かりましたし、幾人かは人型アバターで遠巻きに見ているユーザーも居ました。


 ですがミズナラは少し低い位置に浮かんでいる箱型アバターに、胸元が露わになるような前傾姿勢で頬擦りしたり、模様や色などで個性を出した箱たちに肩を寄せて写真を撮ったりしている理由は分かりませんでした。

 そして撮影の休憩らしき時間に、いつの間にか胸元に居た豆腐にミズナラは驚きの声を上げます。


「なっ!?ワールド創ってたんじゃないですか!?」

「今から一時間はニラヤマの管轄で、少しミズナラの様子も見て来いと言われたのだ」


 そして豆腐が困惑していた光景について、ミズナラは単純明快な説明をしました。


「この箱型アバターを使ってくれる人にだけ『知恵の実』を渡して、招待限定インバイトで建てている配信インスタンスに参加できるようにしてるんです。それで今は外のSNSから写真を通して僕を知ってもらえるように、ツーショットの撮影会みたいなことをしてたんです」


 始まりは今までのフレンド達と配信が忙しくなっても、疎遠にならないようにと『知恵の実』を貸し出したことだったとミズナラは言いました。

 ミズナラは好みや考え方が近しいフレンドたちと『知恵の実』を使って見栄えが良いワールドや、魅力的な販売アバターといった配信に使える情報を共有したりするうちに、予め『知恵の実』で連絡を取り合ったフレンドを配信に参加させることで、様々なユーザーと一緒に過ごしている光景を楽しんでもらえたり、一人きりの配信では見えなかった側面が明らかになるような配信が行えることに気付いたのだと。


 そしてフレンド以外にも『知恵の実』による繋がりに参加したいというユーザーが現れた時に、ミズナラは箱型アバターの使用という条件を考え付いたのです。


「スキンシップを取り過ぎて勘違いを起こさないようにってのと、僕以外の皆が同じアバターで仲良く過ごしているところを配信できるってのが表向きの理由なんですけどね。箱型アバターが増えたら、豆腐さんが『荒らし』だと疑われることも減るでしょう?」

「確かに有難いが、他の者に『知恵の実』を分け与えていることはニラヤマに知られぬように……」


 咄嗟に言いかけてから、豆腐は口ごもります。


 ミズナラが配信の視聴者数を増やしているのは “お告げ”のワールドも紹介しやすくするためで、その間もミズナラが気の合う人たちと過ごしているのは良いことのはずです。だと言うのに豆腐はインスタンスに集まっているユーザーの大半が、見慣れた立方体のアバターである光景に得体の知れない不安を感じていました。


「そうですね。ニラヤマさんには知られないように、気を付けておきます」


 言いかけた言葉を不思議がることもなく素直に従うミズナラを見て、豆腐は内心で胸を撫で下ろします。

 たとえ豆腐がニラヤマをそう悪いやつでもないと思いつつあるにせよ、フレンド登録を制限することで“カナン”を滅ぼされそうなことに変わりはないのです。


「珍しい箱アバターですね、改変したんですか?」


 第三者の声が聞こえた時、豆腐はしばらく自分が呼びかけられているのだと気付きませんでした。


 今までは『箱型アバターなど使うユーザーは居ない』と思われていて、なおかつアクセサリーに扮して耳元で話しかけていたので、豆腐は自分が一介のユーザーとして認識されることなど考えても居なかったのです。

 そして今は虹色などに変化していないといえども、確かに話しながら回転したり浮遊したりと豆腐は周囲の箱型アバターと雰囲気が違っていました。

 それでも、豆腐はここで『神の使者』としての役割ではなく、大勢居る箱型アバターの集まりの中で、見覚えがない一介のユーザーとして扱われているのです。


「ミズナラさんと話してましたけど、前からお友達なんですか?」


 豆腐は話しかけてきている箱型アバター以外のユーザーも、自分に注目しているのが分かりました。

 それは豆腐が現実の世界で不登校だった時、一度だけ学校に顔を出した時と似た感覚でした。彼らは決して最初から貶める部分を探そうとしているわけではなく、ただ見覚えがない存在をどう扱うべきかと一挙一動に注目しているだけなのです。


 だから、ただ『普通』に振る舞っていれば、その場所で自分がどう扱われるかという『役割』を見い出されていって、個人ではなく『役割』ごとに決まった接し方をすれば良いからと注目も解けていくと豆腐は分かっていました。


「わ」我は神より遣わされた使者である、とこの場所では言うことはできず「わたしは、」声が震えて「あ」呼吸が浅くなっていくのが分かり「あの、」遠くなっていく声とぐるぐると周り始める視界がHMDのせいではないことに気付いた頃、


「ほらほら、今は配信中じゃないけど『箱さん』同士での私語は程々にねー」


 遠巻きにしていた人型アバターの誰かが割って入ったのが見えました。


 その声とアバターの姿には見覚えがあり、そのユーザーの名前はムロトと言いました。遠巻きにしている人型アバターたちの近くで、豆腐の呼吸が落ち着いてきた頃にムロトは言いました。


「ミズナラくんはこの場所で『アイドル』だからさ、その役割から外れた行動をするのは難しいんだよね。だから俺が『知恵の実』で繋がった集まりの、一応の管理者みたいな役割なんだ」


 無言を貫き通すことにした豆腐は頷きだけで返事をします。多くのユーザーが周りに集まる人気者と、時には反感を抱かれようと集まった人たちの整理や調停を行う管理者の役割が分かれていることも、他者の人間関係に興味が強いムロトが後者の役割を任されていることも納得はありました。


「そうそう、そんな感じで大丈夫だよ」


 無言の豆腐にムロトは笑い掛けます。


ここEDENじゃ喋れないことも他の人と見た目が違うことも、現実と違って排除される理由にはならない。

 俺もEDENに来た当初はいわゆる『無言勢』だったんだけど、なんなら下手に喋ってナマの人間が見えたりしない方が可愛がられやすかったし。何をやってるのか分からない集まりに迷い込んでも、無言で遠巻きに見ている分には誰も困らないからね」


 事前の取り決めが必要であったりメンバーを限定したい集まりを招待限定インバイト友人限定フレオンで建てるということは、逆に自分が参加ジョインできるインスタンスであるなら居ても良い場所なのだと、ムロトは豆腐が『ただの初心者ユーザー』であるように説明したのでした。


「喋らなくても適度な距離感で何度か顔を出ジョインしてれば、友人限定や友人交流なら『そこに居る誰かのフレンド』として覚えてもらえるし、無言勢でも一緒に遊べるようなゲームワールドとかに行けばフレンド申請する機会だってあるよ。

 ま、誰かと距離を詰め過ぎちゃうと目立っちゃうかもだけど、双方合意だって分かれば皆もそんなに気にしないしさ」


 そう言ってから、ムロトはごく自然にフレンド申請を豆腐に送りました。油断していた豆腐には心臓が口から飛び出るような言葉を付け加えて。


「まあ実はミズナラくんからさ、インスタンス内で居場所が無さそうな初心者さんが居たら、案内してあげてってお願いされてるんだ。

 昔、ミズナラくんの知り合いが不登校だった頃、復学しようとして色々苦労してたのに何もできなかったのを後悔してるからって言ってさ」

 

 それからツーショット撮影会の休憩時間が終わり、すぐにミズナラの周りに箱型アバターが再び集まってきたので、豆腐が一人消えたところで多くのユーザーは気にも留めませんでした。

 そしてインスタンスを移動した豆腐のディスプレイには、ムロトからのフレンド申請が保留されたままでした。


「遅いですよ、何やってたんですか」


 ニラヤマのインスタンスに戻ってきた豆腐は、ワールドの跡形もないほどの変わり具合に驚くことになります。

 豆腐がスポーン地点から辺りを見回すと果てしない平らな地面は消えていて、恐らく大聖堂である建物の柱や壁の細かな出っ張りといった凹凸部分が、全て直方体に差し替えられた不思議な空間の中に立っていました。


「とりあえず大聖堂のアセットを購入してから、間取りをCubeで再現してstandardシェーダーに置き換えていったんです」

「このようなワールドを創ることもできたのだな」


 驚く豆腐に、ニラヤマは面倒くさそうに言います。


「もちろん私のワールドとして、こんな風に創るつもりはないですけどね。これは豆腐が自分のために創るワールドだから、現実らしさを追い求めても仕方ないじゃないですか」


 白くのっぺりとした四角形の平面は、それが人為の模造物であることを強調するような異質さを醸し出していました。

 そして白で統一された色合いの建造物に、豆腐は先程のインスタンスで見たミズナラの白い肌――白い競泳水着と同じような印象を受けます。


 豆腐はそのことをニラヤマに言ってから尋ねます。


「この色合いのままで、どこかに赤色を用いることはできないか?」

「やるなら教会のカーペットや垂れ幕とかじゃないですか?ちょうど順路を示すのにも使えるし」


 ニラヤマは『毛刈り棒』を使って、その場で垂れ幕とカーペットに赤い布地のマテリアルを付与します。

 それだけで白一色だった屋内に目を見張るような赤色が現れて、訪れた人々がどこに向かって歩いていくかが赤いカーペットで、どこを見上げれば良いかが赤い垂れ幕によって示されます。


「今度は豆腐がこれをやる番、あんたには『空』を選んで欲しいんです。これが白い建物であればこそ、全体的な色合いはきっと天窓から見える空の光によって決められる。こればっかりは表現したいものが頭の中にある人じゃないと、できない作業ですからね」


 ゲーム制作ソフトで遠景に用いられる空は『スカイボックス』と呼ばれて、無限遠まで遠ざけられた立方体の裏側に、六枚の連続した絵を張り付けるような構造になっています。

 豆腐はニラヤマから渡された教会の空に、製作ソフトを介して様々な市販のスカイボックス用素材を割り当てていきます。そして豆腐がニラヤマの言ったことを心から理解したのは、なんとなく真っ赤な夕暮れ空のスカイボックスを選んだ時でした。


 天窓の外から見える空だけが赤に染まったのではなく、斜めに差し込む夕日ディレクショナルライトが教会の中を赤く照らし出して、同時に柱の陰や天窓の裏といった場所がねずみ色の影で染め上げられたのです。


「面白いでしょ?元から大聖堂っていう場所が広さの割には内装の光源も少なくて、太陽の陽射しに依存するような構造をしているはずだから。

 建物の構造を真似るだけなら行ったことのない人にもアセットを使えばできるけど、その場所に訪れた自分の目にその景色がどんな風に映っていたかってことは、あんたにしか分からないんですよ」


 ミズナラに借りた『知恵の実』でニラヤマの言葉を聞きながら、豆腐は他にも様々なスカイボックスを割り当てては教会の変化していく印象に驚きます。


 直射日光だけではなく天に大きく広がる、屋外ならば視界の半球を覆い尽くすほどに存在する『空』という輝きも、地面や家屋といったオブジェクトたちを照らす光源となっているのです。

 豆腐は現実の世界でもそうであることを、改めて認識しているのでした。そうして幾つかの空を切り替えて試した後に、豆腐は迷うことなく一つの空を選択してアップロードします。


「……夜?」

「ああ」


 ワールドを訪れたニラヤマの驚きの声に、豆腐は短く肯定の返事をします。


 月夜の教会で陰となる部分は濃い群青に、ねずみ色に近い彩度の低い青色の月光が差し込んで、入口から見上げることができる祭壇と赤い垂れ幕を照らしています。


「どうして?」


 ニラヤマの問いに豆腐は答えます。


「我が教会に足繁く通っていた時、この時間帯の景色がとても印象に残っていた。夜の礼拝よりも更に遅い時間、普通であれば入ることができないのだがな」


 ニラヤマは一通りに中を見て歩いた後で言います。


「ミズナラの姿もよく月光に映えそうですね」


 クラスの人気者や被写体、としての側面ではない静かなミズナラを、豆腐よりも多く見ているであろうニラヤマの言葉に、豆腐は肯定の返事をしました。


「不思議なものだな。頭の中にあるものを具現化しているだけなのに、どういう方向に転がっていくかが、まるで分からない」


「自分の頭の中の世界を最初から、丸ごと分かっている人間なんて滅多に居ませんよ。その頭の中にあるものを外に出したらどうなるかなんて、尚更にね。

 思い通りに行かない部分があったり、反対に思わぬところで良いと感じるようなものが生まれたりする。だけど自分では気付いてなかったとしても、そうして出来たものが貴方自身の本当の姿だと思うんです」


 ニラヤマという『別の理想』を持った人間の存在もありますが、ゲーム制作ソフトを介して自分がぼんやりと描いていた理想が、実際にはどのような景色になるのかを知って、創ることで

――ここはこうで、ここはこうではない、といった選択や修正を繰り返していくうちに、自分でも知らなかった自分の想いに気付いていくことができると、豆腐は思いました。


「それを知っていくのが楽しい、というような気がする。我には美少女アバターと触れ合うよりも、こういうEDENの方が向いているのかもしれん」


 豆腐は少し迷いましたが、素直な気持ちを口にしました。ニラヤマは「……ふん、生意気ですね」と、心なしか嬉しそうな声で言葉を返します。


 ミズナラは自分のファンとのスキンシップというより、その行為を求める相手の期待に応えてやることが好きなのだと豆腐も分かっていました。人が喜んでくれる行為が好きだから、そして喜んでくれた相手にはまたするようになる。

 一緒に居るための数ある手段の一つ、ミラー前に集まってとめどない会話をしたり、ゲームワールドで一緒に遊んだり、それこそワールドを観光したりだとかと同等の行いです。そして、それを手放しに肯定してくれる大勢の人間と、拒絶するほどでもない少数の人間に囲まれて、何時しかその行為は『当たり前』になっていく。

 その行為をもし受け入れられない人が居れば、別の場所へと去れば良い。そうやって現実とは違う価値観で『当たり前』の行動が、どの場所にも形成されていきます。


 ですが、その“遊び”にも豆腐は参加することができないのです。

 運営支給の『律法体』というアカウントは美少女になれないだけでなく、誰かを撫でるための腕も生えていない。


 豆腐が最初、ミズナラに触れられたり乳を押し付けられて悲鳴を上げたのは、美少女の皮を被った男性という概念が気味悪かったからでも、距離感の近いアニメ顔の美少女からスキンシップを受けることへの免疫のなさでもありません。

 むしろ『触れられる』ことにはEDENを訪れる前は少しばかり期待していたにも関わらず、それに対して人の形をしたものアバター同士で触れ合うことで想起される、弾力と熱を持った肌同士の擦れ合う感覚への鳥肌の立つような忌避感、

 そして思考の奥底に焼き付いた教義による反発から『可愛いアバターで反応する』だとか『自分からも触れ返す』といった対価を何も返すことができない、自分の無価値さを否応なしに自覚させられたからでした。


 だから誰にも共感されないだろうから言うことができない豆腐の気持ちに、ニラヤマの言った『頭の中の世界』という繋がり方は一つの救いでした。

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