第九話


 ミズナラが配信者になったことで、ニラヤマと過ごしたいという願いは叶えられました。


騒動から三日ほどの間、ミズナラ達は元居た集まりから距離を取って様々なコミュニティを渡り歩きました。

 そこで豆腐にとって予想外だったのは、ミズナラが配信者として招かれた場所よりも、ニラヤマが行く段取りを付けてきた場所の方が遥かに多かったことです。


  ニラヤマは訪れたインスタンスで、誰かに話しかけてもらうために目立とうとはしません。ただ皆で集まっている端っこに溶け込んで、共通の趣味や話題が出てきた時にだけ話を合わせて場を盛り上げるのです。

 そうして打ち解けた相手とフレンドになって新たな友人交流に参加しても、ニラヤマはその相手だけと話すよりインスタンスに居る人たちの会話を聞いて、次の意気投合できそうなユーザーを見つけてくるのです。


 ニラヤマにとっては誰かにフレンド以上の存在として受け容れられたり、自分が何者であるか認識してもらうことより、他のコミュニティへに繋がる相手とフレンドになることが優先されるようです。

 その稀な性質はニラヤマの傍に居ることだけを望むミズナラ以外の、誰とも深い関係を築くことなく行ける場所を増やしていきました。


「結果論だけど、あんたの“お告げ”は要りませんでしたね。

 顔馴染みのフレンドとしか話せない人たちは、ワールドじゃなくてコミュニティ単位で移動し続ける私たちに付いて来れないし、必然ミズナラと私が一緒に動いてるって気付く機会もありませんから」

「ふん、貴様が再現した奇跡の主も、支配を脱して旅に出るためにそれを使ったのだ」


 豆腐がミズナラに『一人で配信を行う必要はない』と言ったのは、例えばワールド巡りなど何かのコンテンツを楽しむ配信であると銘打っておけば、周りに集まるフレンド目当てで訪れたユーザー達の溜まり場になることを抑制するためです。

 何より内部の様相がインスタンス外にまで公開されている場所で、ミズナラの反応や振る舞いという価値を独占しようとする、醜い人間関係の争いに巻き込める者は居ないという打算もありました。

 ですが新たなコミュニティを開拓していくニラヤマと、そこに偶然同じ場に居合わせたという体裁で訪れて配信許可を取り付けていくミズナラは、図らずも一緒の景色で過ごして同じものを楽しむことができていました。


 そして訪れた先々で『紹介配信』を行うミズナラが人気を集めていく中、豆腐は幾つかのコミュニティに共通する点があることに気付きます。

 それは落ち着きのある室内ワールドで鏡の前に寝転んだり、わざわざ綺麗な景色を追い求めたワールドの中で狭い家屋に集まって、円陣を組むようにして話しているユーザー達の存在でした。

 彼らは現実なら自宅でしか見せない格好のだらしなさや、肌が触れ合うことや話しかけてくる声への嫌悪感、品定めされる眼差しへの恐怖を感じてしまうような距離感でも、お互いが美少女アバターとして存在することで忌避せずに、それでいて誰かと同じ場所に居るという安心感を求めているようでした。


 豆腐がそのことを口にした時、ミズナラはこんな話をしました。


 仕事帰りにビールを開けて、まだ眠くはないが建設的なことをやる体力も残ってない。外出しても店は開いてない時間だが、無性に人寂しくて話し相手が欲しい。生身の人間と会うことすら怖いけれど、誰かに自分の存在を認識して欲しい。

 VR機器が普及するよりも前の時代、そういった孤独な人間たちは暗い部屋でベッドに横たわり、スマホの青白い画面をじっと抱いているしかありませんでした。


 けれど誤解を招きかねない淡白な文字列や、拡散力ばかり重視した記事やニュースを見ている代わりに、自分の望んだ通りの姿や美しい景色の中で会話したり、同じ空間に存在して身振りを交わすだけで誰かと繋がることができるとしたら?


 最初にVRSNSが普及していったのが技術の実験や交流場としてであっても、今に至るまで続いてきたのは人と繋がることに飢えた人間にとっての理想郷として求められていたからでした。


 その理想郷の名前を、誰かは『終わらない放課後』と呼び表したのだと。


「……どうしてニラヤマさんは、そういう風にしてくれるんですか?」


 放課後の教室から場末のスナックまで、集まったユーザーの年齢層や好みによって例えは違えど、集まることを目的として集まっているという一点では共通しているのです。

 かつてVR機器とは、そこに行くための交通機関であると語ったニラヤマの話に、豆腐は納得すると同時に考えてしまいます。


 他の誰にも執着しないニラヤマにとって、閉じた楽園から放浪の旅へと連れ出したミズナラは唯一の例外なのではないのかと。だから豆腐は、ある種の期待を抱いてミズナラが問わずにはいられなかったことも納得できました。

 そして次に行く場所を見据えたままのニラヤマの返答は、ある意味でミズナラと豆腐が予想していた通りのものでした。


「私にとっては一人しか居ない、大切な友達だからね」

「そう……そうっすよね」と言って、ミズナラは息が詰まったように途切れ途切れの息を吐きます。


 ヘッドセットを通した現実の世界で、生身のミズナラが泣いているのか笑っているのか、きっとニラヤマは分かろうともしないのでしょう。


 ニラヤマは見知った楽園エデンから逃げ出した先の、また別の知らない楽園エデンの景色しか見ていませんでした。そしてミズナラは、そんなニラヤマの横顔ばかり見つめているのです。

 豆腐はそんな二人を眺めて、想いが遂げられることはなくとも、会いたい人と同じ空間に居ることができるというのも、ミズナラが現実の“放課後”に置いてきた時間なのかもしれないと思いました。

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