第四話

「そういえばさ豆腐、あんたはなんで今になってVR-EDENに来ようなんて思ったんですか?この場所がサービス開始したのなんて数年前の話でしょう」


 豆腐は仮想この世界で箱型をしたものに限定して何にでも変身できる力を与えられ、今はニラヤマの耳からチェーン付きのイヤリングとして吊り下がっていました。

 ふむ、と豆腐は一息置いた後で、豆腐は自らが聞いた言葉をニラヤマに伝えました。


「人々の声が聴こえたのだ。VR-EDENはアニメ顔をした美少女アバターの男が、ホモセクシャルでもない同性を性行為の真似事に誘ってくるような気味悪い情欲に毒されていると。

 しかし人々を裁くためには、それが本当であるかを確かめねばならぬ。故に我はEDENを名乗る仮想現実サービスに、その全てを見届けるべく神の目として遣わされたのだ」


 一体どんな創作やまとめサイトの記事を読んだら、そんな前印象を抱くのかとニラヤマはつっこみたくなりました。

 ですが冷静になると「美少女のアバターを纏った男が地声で会話しているのが当たり前の状況は、客観的に見たら気持ち悪いんじゃないか?」とうっかり自分を省みそうになったので、慌てて別の質問することで最初の疑問を打ち消しました。


「どうして豆腐みたいなやつが派遣される必要があったんですか?確かめたいなら自分で直接出向けばいいじゃないですか、その“主”とやらがさ」

「主はいつ何時も、地上の全ての人々の行いを天から見守っておられる。しかし彼らのVRゴーグルの中まで覗こうとすれば、全ての者たちを見守ることができなくなってしまうからであろう」


 ニラヤマは「へえ……」と分かったような分かってないような生返事をして、参加ジョイン先のインスタンスに居るフレンドを選択し始めます。

 豆腐はニラヤマに詮索されなかったことに安堵のため息をつきながら、自分がEDENに踏み入れるまでの紆余曲折を思い出していました。


 豆腐もとい等軸アキラがVREDENに興味を持った切っ掛けは“お告げ”を受けるよりも前、こちらの素性は明かさないままSNSでフォローしていた元同級生の鍵アカウントでした。

 それは仕事の愚痴のみならず、インターネットで流れてきた時事の全てに怒り、引用リツイートで噛みついて物申し続けるアカウントです。

 そして午前3時頃に垂れ流した呂律の回らない泥酔ツイートや将来への不安、やるせない欲求不満や自己嫌悪の長文を翌朝に消すのを、アプリの通知欄から豆腐に確認されていたことも彼は気付いてもいないでしょう。


 ある時から元同級生の投稿に、美少女の3Dモデルが何処とも知れぬゲームステージを背景にして、自撮りをしているような写真ばかりが増えてきました。

 たまにNPCらしき別の美少女やロボットが一緒に写りこんでいる時は、それらのキャラクターたちもカメラに向けてピースサインやポーズを決めています。

 毎回違うゲームのような背景であるのに、季節や背景に合わせて衣装を変えていても一様に同じ美少女の3Dモデルでした。それが仮想現実における“彼自身”であることは、ネガティブな呟きが減ってきたころに分かった事実でした。


 彼をそこまで変化させたゲームの正体を知りたくなったアキラは、彼の裏アカウントを観測ネトストしていることなどおくびにも出さず、表のLINEで最近どうしているのかと尋ねました。

 もっとも、彼女――彼からVR-EDENという名前を初めて聞けたのは結局LINEからではなく、その日の晩に裏アカウントを観測ネトストしていた時でしたが。


 しかし今まさにニラヤマが移動先に選んで “何もしてない人”として紹介されるユーザーが、その元同級生のEDENでの姿であるなどとは、この時の豆腐はまだ予想すらしていませんでした。

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