79-2
***
王宮では…
「何なんだこれは?」
テーブルに並ぶ皿を蔑むような目で見ながらオナグルは怒鳴る
「これ以上のものをお出しすることが出来ません」
側近がそう言うも納得など出来るはずがない
「ふざけるな!俺はまともな飯が食いたいと言ってるんだ」
「ですから、これが今お出しできる中で一番まともなものだと申し上げています」
取り付く島もない側近の態度にオナグルは怒りのやり場を失った
「緊急時のためにとクロキュス様が手配されていた備蓄です。これがなければ既に口にできるものはございません」
「料理人がいても材料が手に入りません。すでに3国からの買い付けが出来ないのです」
「くそっ…突然あんな壁が出来たと思ったら愚民だけの受け入れを発表しやがって…」
「オナグル様、怒鳴ったところでこの食事がレベルアップするわけではございません」
オナグルの言葉を遮ったマチルダは、表情を崩すことなく、とても料理とは呼べない代物に向き合っている
「お前達称号持ちの責任でもあるのだぞ?」
「それは否定しませんが、それ以上にあなたご自身の責任でもございます。歌姫を召喚なさったのは他の誰でもなくオナグル様ですし、その歌姫を契約で縛り、囲ったのもオナグル様ご自身です」
「ぐっ…」
「あなたが召喚したのが聖女や勇者であれば、我々は別の道を選んだのです。今さら何を言ってもどうすることも出来ませんが、ご自身の欲望を満たすためにあなたが行ったのはあまりにも愚かなことだったということです」
可哀想な者でも見るような目を向けられオナグルは怒りに震える
「…お前が婚姻のパーティーで3国の王にしでかしたこともまた愚かなことだったと思うがな?」
「それは…」
「王族を謀っていたことがあの場で明るみになった。歌姫の状況を知りながら3国に知らせなかったのはお前たちの欲望の為だろうが」
「それは私の一存ではございませんわ」
「あぁ、お前の言葉などまともに受け取ってはもらえないほど影響力もなかったか」
「!」
オナグルの言葉はマチルダの胸に突き刺さる
どれだけ取り繕っても両親が自身の言葉を聞き入れてくれたことなどなかったのだ
そして、パーティーでの失態で完全に見放されたのは明らかだった
「パーティーの前は散々城に来ていたお前の父親はその後1度も顔を見せてはいない。それがどういうことか、俺でもわかることだ」
「…それでも、これからの動きでお父様の態度が変わるはずですわ」
「この状況になって何ができると?まともな飯すら並ばない現状でよくそんなたわごとが申せるものだ」
あざける様に言うオナグルをマチルダは睨みつける
それを見てオナグルは大きなため息を吐いた
これまで当たり前に手に入っていた物が何一つ手に入らない
側近や護衛にまで距離を置かれ、迎えたばかりの正妃もこの状態だ
「…とにかく、メイドを数人すぐに用意してくれ」
「無理です」
「は?」
「あなたについていたメイドは全て称号なしです。感染症でみな死にました。称号持ちはあなたに尽くす気はないそうですよ」
「たわけ!誰の金で…」
言いかけて言葉を飲み込んだ
王宮の金は全て称号持ちを通して得たものだ
称号なしが称号持ちに税金を納めるものの、称号持ちがその称号の対価として王宮に納める額とは天と地の差がある
王族の務めとして得た金は王族の金とはみなされない
オナグルが手にし使えるのは自身に割り当てられた費用のみ
その中でメイドや従者の費用も賄っている
「少なくとも、オナグル様のお金ではございませんが?あなたがたもこうなった以上、身の振り方はご自身でお考え下さいね。王宮を出ることは叶わないでしょうけれど…」
わずかな食事を平らげマチルダは食堂を出て行った
その後をオナグルの側近だった男が2人と護衛が2人ついていく
「お前らどこに行く気だ?」
「…少しでも生き延びる可能性が高い道を選ばせていただきます」
「は…?」
「マチルダ様はご両親から見放されたとはいえ、自らの判断で動くことが出来る方です。それに、我々も歌姫召喚を反対していたものですから」
その言葉に直前まで苦言を呈されていたことを思い出す
実行すれば取り返しのつかないことになる
そう言いながら文字通り体を張って止めようとしていた
よく考えてみれば今去って行ったのはゴールドとシルバーの次男や三男だ
この場に残ったのは契約で縛った騎士3人とメイドが2名
メイドは称号も身寄りもないから都合がいいとオナグル自身が囲い込んだ者だった
純潔を奪われてしまった今2人には行く当てなど存在しなかった
「こんなこと認めないぞ。契約を使ってでも道を開いてやる」
そのつぶやきは誰の耳にも届かなかった
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