43-2

「随分騒がしいが何かあったのか?」

オナグルは離宮から戻るなりナルシスに呼び留められた


「…歌姫が逃亡しました」

「何!?契約はどうなっている?いや、それ以前に、血の契約があるのにどういうことだ?」

普段オナグルの前で取り乱す姿などめったに見せないナルシスにしては珍しい狼狽え様だった


「俺にもわかりません。でも契約は全て効力を失っているようです」

「契約の効力が消滅したというのか?そんなこと過去に聞いたことが無いが…」

「召喚した者だからとしか考えられません…」

オナグルの焦りと落ち込み方は酷かった

望み続けようやく手に入れた歌姫だっただけに余計だろう


「歌姫に行く先の当てなどないだろう?」

「そのはずです、召喚に巻き込まれた女性の居場所は知るはずがありませんし…」

「知っていたとしても行く手立てはないだろう。とりあえず今は騎士団の捜索結果を待つしかないというわけだな」

「…」

「まぁそのうち見つかるだろうが…王宮内はメイドたちにも探させよう」

王はそう言いながら側近を見ると、ひとりが頷き走り去った


「ところでオナグル、正妃はどうなっておる?」

ここで悩んだところで仕方ないからかナルシスは話を変えた


「まだ1つの合格もないというのが現状。学園の紹介状も成績も全て偽装されたものということは疑いようもないでしょう」

オナグルはキッパリ言い切った


「手の施しようのないほどの出来の悪さです」

「契約で定めた期限は半年、潮時だな。子もおらず王族を謀ったことが判明した以上予定は変更する」

「変更とは?」

「ソラセナとの婚姻を無効にし、オーティ家は一族全て公開処刑とする」

「処刑、ですか?」

流石に重すぎではとオナグルはその目で問うていた


「王宮の用意した教師を貶めようとしたこともだが…婚姻すれば好きなだけ金が使えると言われていたらしい」

「は?」

その言葉にはオナグルも呆気に取られていた


「国の金を自分の自由に使えると父親に言われたらしいからな。好き勝手にモノを買っていた事実もある」

「横領…それがゴールドの当主の言葉であるなら反逆と取られてもおかしくはないと言うことですか」

「そういうことだ。王族至上主義であるこの国で称号持ちが舐めた動きをしてくれたもんだ」

ナルシスは心底腹立たしいと言葉を吐き捨てる

それ故の一族全ての公開処刑は他の称号持ちへの見せしめの意味もあるのだろう


「3か月後にお前は新たな正妃を据えろ」

「その候補は決まっているのでしょうか?」

「数人上がっている。間違っても歌姫を等と考えるなよ?純潔で無き者との婚姻など、王族ではいかなる事情があっても認められんからな」

王はそう言って立ち去った


その背中を見ながらオナグルは歯を食いしばる

王族としてこれまで様々なことを我慢してきた

その結果が今である


本来であれば歌姫を正妃に据えたかったのだ

でも召喚したあの日、部屋に移動した瞬間、自ら服を乱し股を開いて歌姫は言った

『元の世界の殿方と、この世界の殿方ではどちらが素晴らしいのかしら?あなたはこれまでのお相手よりも私を楽しませてくれる?』

不特定多数を匂わす言葉に正妃にすることは叶わないと悟った

だからこそ代わりにこの手の中に囲うと決めたのだ


王族のみが使える寵愛による契約、抱いてしまえばそれを知る他の男が歌姫を抱くことはない

そして宣言による契約と血の契約、何としても歌姫を手放すことなど考えられないのだ

乗せられたふりをして早急に歌姫を抱き、その中で宣言を引き出した

「単純な女だけに簡単だったが…効力が切れる等考えもしないだろうが…!」

その言葉は誰の耳にも届きはしなかった


歌姫の体は淫らで男の目を惹き付ける

騎士団が見つけて連れ帰ってもどうやって囲えばいいのかが分からない

魔法も契約も聞かない

もし牢に閉じ込めたとしても騎士団を懐柔されれば終わる

あの離宮でさえ飛び出した歌姫を閉じ込める場所も浮かばない

「どうすれば…俺の歌姫…」

何度も繰り返し呟くオナグルを、すれ違う者たちが心配そうに眺めていた

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