23-2
「それだけ頑なに隠そうとするということは、噂は真実と言うことでしょうか?」
「噂…だと?」
「はい。母上は平民出の、称号なしの専属護衛と駆け落ちしたとか」
「!」
ナルシスの顔が歪む
「…やはり真実でしたか。その護衛と逃げて捕まったのがフジェの町の手前だった。その場で処刑された護衛を追って母上も自害した」
「…その通りだ。私が駆けつけたときにはもう手の施しようがなかった」
「だからですか?」
「?」
「だから俺が歌姫に契約を重ねても止めなかったのですか?」
オナグル自身召喚された者に対する4国間の取り決めは知っていた
今自分がしていることが、それに反することだということも理解している
それでも歌姫を手放すことは出来ないのだ
「契約がなければ…お前が歌姫の命を奪う未来しか見えん」
「…それには同意ですね」
キッパリそう言ったオナグルにナルシスは息を飲む
「歌姫は俺の全てです。だから契約をして離宮に閉じ込めた。逃げ出して殺してしまうようなことにならないように…です」
だから母上のように殺さないでくださいね
そう続けられた言葉にナルシスは、先ほど語った以上の事をオナグルが知っていると悟る
「お前は…あれの息の根を止めたのが私だと…」
「知ってましたよ。その瞬間に立ち会った者から聞きました。もっともその直前にどのようなやり取りがあったかまでは知りませんが」
「…」
ナルシスは静かにオナグルを見返した
「でも母上を、俺の歌姫の命を奪った事には変わりない。だからあの日俺が召喚をしたんです。俺は歌姫さえいれば国がどうなろうと構わない」
「オナグル!」
「聖女か勇者をと望んでいた者には最高の復讐だったはずだ。母上を、歌姫を追い詰めた騎士など魔物に食われてしまえばいい」
「お前はそこまで…」
ナルシスは自分の息子がとてつもなく遠い場所にいるように感じた
我が子の母親に対する執着
それ以上に歌姫という存在への歪んだ執着
母親が駆け落ちと思われる状態で王宮を去った本当の理由
それは決して明かすことは出来ないのだと改めて自分に言い聞かせた
あの日、オナグルは男として母親を襲った
思春期を迎えたばかりの、まだ10歳だった息子に襲われたという現実に、気がふれた王妃は王宮を飛び出した
護衛は保護するために追いかけただけだった
騎士達に保護するよう指示を出したものの、フジェの町に着く直前がけ崩れに巻き込まれた
王妃を庇った護衛は即死
王妃も内臓を激しく損傷していた
オナグルの心まで壊れたらとナルシスは恐れた
その結果、魔術師にオナグルの記憶を消させるという悪手を選んだのだ
息子の、オナグルの異常な執着から逃げ出したということだけは、誰にも知られてはならない…
そのためにこの手を血に染めて来たのだから
オナグルが耳にした噂は意図的に流したものでしかない
「あの日…お前の母親は望んだ」
「何を望んだと?」
敵意と嘲りを含んだ息子の目を真っすぐ見返す
「これ以上苦しみたくないと…死にきれず、間もなく訪れるだろう死を、この激しい痛みと、恐怖と苦しみに包まれて待つのは嫌だと…」
「だからとどめを刺したと?でもそれを証明できる人はいない」
「そう…だな…」
「俺は俺のしたいようにする。あなたもそうすればいい」
オナグルはそう言い残して食堂から出て行った
それを見送ったナルシスは一人項垂れる
この真相を他の3国が知ったらどうなってしまうのか
考えただけでも背筋が寒くなるのが分かった
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