第2話 『出会いはあの時 2』
正直、信じられない。
あの時の記憶は、一シーンとも忘れちゃいないし、昨日ように覚えている。
そして、感謝の気持ちも失っちゃいない。
だが、それが『あの時』の女子選手で、今、一緒の学校にいて目の前にして話しているということなら、率直に疑わざるを得なかった。
こう、なんだろう……突然の発表を突き付けられて、本当のことも本当だと認識できない……みたいな?
「あ、信じてないでしょ?」
「うん」
どうやら、顔に出ていたみたいだが仕方のないこと。
もうあの子にはお詫びも出来ず終いで、会うことはないだろう――そう思っていたから。
「じゃあ、これ言えば信じてもらえるかな?」
そう言って、大会で記録したタイムを予選から決勝まで、指を折りながら言い始めた。
「男子百メートル予選、十一秒五三、準決、十一秒三七」
そして――
「決勝、八分四十二秒八三、どう?合ってる?」
「……ッ!」
合っていた。すべてのタイムが合っていた。
驚きも相まって感動さえ覚える。
いや、まぐれだ。まぐれであってほしい……。
「え、ちょっとなんか言ってよ」
「ん?あ、いや……」
「合ってるでしょ⁉ね?」
「う、うん」
ここまで聞いて唯一わかったことは、同じ陸上部だったということ。
これは間違いないことだろう。
だが、“あの時に会っていた子”とは限らない……
「えー、これでも信じてくれないかー……」
顎を持つようにしながら上を見て、「んー」と何かを考えているような素振りをする美少女。
あっ……。
やっぱりズルい。ただ考えているだけなのにその姿が可愛いんだもん。
つくづく男って“単純”なんだな、と思う。
それから四~五秒ほど考える時間が流れた後に、突如「あっ!」という大きな声をあげると、一度立ち上がり、ベンチに手をついて身を乗り出すようにして近づく。
「写真持ってる?」
「写真?」
「そう!私とツーショットの写真だよ」
「あーー……」
「ほら、あの時の大会終わりに拓海君側の顧問の先生が、私を呼び止めて撮った写真だよ!持ってるでしょ?」
いかにも鼻と耳から白い息が出てくるんじゃないかというほど、興奮して上ずった声で言うと、その時の碧依の表情がとても子供みたいだった。
その写真——思い当たる節はあるし、未だに持っている。
壁面に面した勉強机の左端に置いてある写真立てに、痛そうな顔しながらVサインをしている男の子と、満面で無邪気な笑顔を浮かべて同じようなVサインをしている女の子とのツーショット写真がある。
もし、そこに映っている女の子が、今、ここで話している子だとするのなら――これもまた信じ難いことだ。
「私、未だに持ってるしー、あ、スマホで写真撮った事あるから見せてあげるよ」
そう言ってスカートのポッケから可愛らしいカバーのつけたスマホを取り出して、指をスース―とスライドしだした。
該当する写真が見つかったのか、その写真をタップをする動作をした後にスマホの向きを変えながら持ち替えて「ほら」と見せてくれる。
その写真が先程に言った二人とのツーショットだった。
「……え?」
「ね?これで信じてくれたでしょ?」
「じゃあ、本当にあの時の……」
「そうだよ」
ニンマリと笑う彼女の顔を見つめながらあることを思う。
嘘は言っていない。間違いなくこの子だ。やっと……やっとあの時の子に感謝の気持ちを込めてお詫びができる!と――。
だが、その前に一つだけ気になることがあった。
「そうなんだ、じゃあこれだけ教えてもらえるかな?」
「ん?なになに?」
「なんで俺が出した百メートルのタイムを、予選から決勝まで事細かく覚えているの?」
「あー、それは私がいた中学校の男子たちが、見てきてほしいって言われたからだよ」
平然と答える
「まぁ、私がいた中学では拓海君のことを勝手にライバル視している子多かったからねぇ」
「何を目的に……」
「知らなーい、でも大会の時は必ずと言っていいほど顧問の先生がビデオ持って、拓海君が走っているときに撮影してたし、毎回見てきてと頼まれて、教えるために覚えるしかなかったというかさー」
「そうか……」
まぁ、そういうことならしょうがないかーと思う一心、ライバルとして見られていたということが初耳。
自分自身はライバルなんて作る必要なんてなかったし、ただ誰よりも早く走ってればいいや、としか思ってなかったというのが実際のところではある。
でも、中にはそういう人間がいて、その対象が澤城拓海という自分であるとするなら、それはそれで嬉しいと思った、と同時に、なんでここまで信じてもらえるまで必死になるんだろうとも思った。
「はぁー、ようやく確認とれてよかった」
「なに、ずっと聞きたかったの?」
「そうだよー?ここに入学してきてびっくりしたんだから」
「そっか」
「でも私は覚えていたのに、君は覚えてくれてなかったみたいだしねーぇ」
……覚えていないわけじゃないんだが、まさか一緒の学校にいるとは思わないじゃんか。
キーンコーンカーンコーン
「あ、休み時間終わっちゃった、先に教室戻るから、またね」
とだけ言い小さく手を振ると、振り返って足早に戻っていく。
その後ろ姿が消えるまで眺めていようとしていた時――
「拓海君も早く戻りなよー⁉先生が戻ってくるまでに戻ってこなかったら、授業中に嫌がらせするからねー」
「わかった!すぐ戻るよ」
「はーい」
ちょっとうれしそうな表情でドアを開けて出ていくと、そのまま磨りガラス越しに見えるシルエットだけを追う。
次の時間は――体育。
そのためか、どこかの教室からある声が漏れて聞こえた。
「今日の授業は体力テストらしいぞ⁉」
「「「え?まじで?」」」
「あ、やべ、鼻血」
「おっしゃあ、今日は一段と張り切るわー」
「お前、なにタタせてんだよ」
「うっせぇ」
男はやっぱ単純。でも、そんな生き物でもいいじゃんかと思える時間が、今、流れていた。
なぜなら男はバカだから――。
隣の席に座るS級美少女から突如貰った一枚の手紙の件 すいか @Suika2200
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