第2話【承・《かいこう》】

《癌で苦しんだ癖に何て穏やかな死顔なんだろう……》


棺の中の祖父を見て総一郎はそんな事を呟いていた。


二年前…

大学進学の前に会ったのが最後だった。

未成年の自分に秘蔵のお酒を渡しながら…

「こっそり呑めよ♪」

と、笑いながら送り出してくれた祖父。

後で聞いたのだがそれがバレて母に怒られたらしい。


「あ、総ここにいたんね」

喪服にエプロンをした母がバタバタしながら居間までやって来た。

「おかん…」

「オカンは止めろて言よろうが!も~向こうに行っても直らんね~」

相変わらず変な所にこだわる母だ。



総一郎の母は生粋の地元人である。

と言うか正確には戦争で亡くなった祖父の末弟の娘で養女であった。

だからか実子である父とは兄妹として育ったらしい。


「よかやん、それよりもおとんとばあちゃんは?」

「父さんは斎場の手配とか準備があるからね向こうに行っとるよ」

「おばあちゃんは…」

その時母親は少し悲しげな表情をして…

「何時もの所たい…」

少し間をおいてそう言うと、その場から消えて行ったのだった。


「そっか……」

総一郎は祖母の行き先に見当がついていた。

それは祖父との思いでの場所だと解っていたからだ。


屋敷の庭内の中でも一番陽当たりの良い場所。

そこは晩年祖父が祖母に頼まれて小さな畑や花壇を作っていた場所。

2人でコツコツと育てていった思いでの場所なのである。


総一郎は先に喪服に着替えると、その畑に向かい祖母を探した。


…やはり祖母はそこにいた。

丸太を縦に真っ二つにして作った2人用の椅子に一人座り畑を見つめている。

何時もより小さく感じるその後ろ姿…

微かな風にそよぐ花や苗を見つめるその姿は、誰も立ち入る事が出来ない様な世界を作りだしていた。



それを見て声をかけるのを躊躇う総一郎…

だが…

「総ちゃんかい?良かったら隣に座りいな」

「うん…」

総一郎は一瞬どうしようかと悩んだが、やはり祖母の言う通りゆっくりと隣に座った。


「よく来てくれたね…ありがとう」

最初に話しかけたのは祖母だった。

「…………」

しかし総一郎は掛け合う言葉が見つからず黙ったまま下を向いていた。

顔をあげる事が出来ない総一郎だったが、祖母はそのまま話を続ける。


「総一郎…貴方は向こうでお付き合いしている女性はいるのかい?」

「な、なんだよ突然!」

「いいから(笑)いるのかい?」

突然の問い掛けに戸惑う総一郎を気にもせず、もう一度尋ねる祖母の眼をまともに見た彼は、何故か直ぐに気持ちが落ち着いていくのを感じた。


そして正直に白状した。

「…いる…よ…卒業したら結婚しようと思ってる」

身内の誰にも話した事がない、今初めて告白した。

五歳歳上の恋人の事を…

自分が書く小説の挿絵を担当した事がきっかけで知り合った恋人の事を。


「そうかい…それを聞いて安心したよ」

祖母は優しく微笑むと、安堵の表情を浮かべてそう祝ってくれた。

「苦労をかけるかも知れないけど、大切にするんだよ」


何だか総てを見透かさせた様な錯覚を起こした総一郎は、改めてそんな事を言う祖母に言い知れぬ不安をふと感じたのであった。





そして…

祖父が荼毘にふされた明くる日、あの事件は起きたのである。










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虚空に指せる 神威ルート @taketiro0629

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