虚空に指せる

神威ルート

第1話【起・《きっかけ》】

『それは覚悟をしていたと言うか、していなかったと言うか…兎に角複雑な思いが頭の中をグルグル回っていた…』



《4/3…祖父が亡くなった…》



その一報は目覚ましがなる前に届いた。


大学二年になる八雲総一郎は、夜型人間である。

学業の傍らプロの小説として活躍する彼は、日中は講義、夜は課題作成と執筆に勤しむ為、床に着くのはいつも深夜3時~4時頃だった。


その日も何時もの様に目覚ましを九時に合わせ眠りに着いたのだが、その二時間後お気に入りの着信音で無理矢理起こされたのであった。


《こんな夜中に誰だよ一体!》



なんて事を考えられない位寝ぼけていた彼は、うつろうつろしながらも枕元の置いていたスマホのロックを解除し、相手先も確認しないままとりあえず電話に出ていた。


「もしも~し、誰~」

「総、起こしてすまないね」

「何だ母さんか…どうしたの?」


「…じっちやんが…たった今亡くなったよ…」



「…わかった…朝一番でそっちに向かうから……」



そう言うのが精一杯だった…

電話を切った後、一筋の涙だけが右目から零れ落ちていった。

静寂と言う名の闇だけが部屋を満たす…

一人ぼっちの部屋の中で……

只、デジタル時計の数字だけが明かりを灯しながら時間を刻んでいた。

それは5:15の出来事であった…


《とりあえず当日チケットを手配した》


その日運良く《東京発福岡行き6:20》の新幹線チケットがとれた総一郎は、寝不足も合間った重い足を引きずりながら座席についていた。

車内アナウンスがある前にシートベルトを装着した彼は、突如襲ってきた睡魔に太刀打ちするすべも無く、瞬く間に眠りについてしまったのだった。


《微睡(まどろ)みの中に記憶が浮かぶ》


その認識は曖昧なのだが、彼は今過去の記憶の中をさ迷っていた。


『そうだ、あれは11歳の春だったな…』

総一郎は春休みを利用して、福岡県大川市にある祖父母の家まで一人で遊びに行っていた時の事を夢に見ていた。


「総♪お前に面白い物を見せてやるけん、ちょっと付いてきい!」

そんな祖父の言葉にのせられて、両親の心配をよそに一人で遊びに行ったのだった。


築110年の古民家…

先祖代々庄屋を営んでいた名残か、今は使っていない倉が敷地内に幾つかそびえ立つ、そんな武家屋敷の様な佇(たたず)まいの屋敷であった。

とても貯金と年金だけで暮らしているとは思えない。

総一郎は、子供心にそう思っていた。


そこで総一郎は初めて祖父母の家の裏庭にある二階建ての古い倉の中を見せてもらったのだ。

「ここはな、じいちゃんのお父(とう)が建てた倉でな、中にはお前さんが見たこともないもんが一杯あるんじゃぞ♪」


まるで子供の様に自慢気に話す祖父の傍(かたわ)らで優しく笑う祖母の顔が、何故か総一郎にとってとても印象的だった。


「さ、入ってみ~や♪総が一番最初に目に留めるのはなんじゃろうかな~♪」


総一郎は言われるまま倉の中に入ったが、薄暗い割りに全然カビ臭くさもなければ埃っぽくもない事が印象的だった。


中に入ると直ぐに祖母が倉の明かりをつけてくれたのだったが、その時改めて祖父が言った事が本当だと総一郎は思い知らさせたのだった。


見たこともない様なでかいツヅラ箱に木目が美しい木のタンス、山積みになった古い漫画雑誌に文芸書、どうやって遊ぶか解らない玩具らしきものまである。

他にも何に使うか解らないものが、奥までぎっしりとあり、二階の屋根裏部屋に繋がる頑丈そうな階段もあった。


見るもの総てが珍しく、子供心をくすぐるものばかりだったせいか、総一郎は口元を半開きにしたまま、キョロキョロ倉の中を見回していたのだが、ふと回りの木目のタンスとはあきらかに違う、特別感を漂わせている小さい木目のタンスに目が止まった。


「お、何だ総はこのタンスが気になるのか♪」

何気に近づこうとした総一郎の背後から、祖父が彼に話しかけてきた。

「じいちゃん、これ何が入ってるの?」

中身が気になった彼は、祖父の方を振り返り質問してみた。

「そうだな……お琴さん、総に見せても良いかな~?」


すると何故か祖父は、祖母の方を向きタンスの中身を見せて良いか確認をとっていた。


「えぇ、構いませんよ♪」

祖母はいつもの様にニコニコしながら祖父にそう答えていた。

「これっておばあちゃんのタンスなん?」

「そうじゃ、じいちゃんがお琴さんに初めてプレゼントしたタンスじゃよ」

そう言うと祖父は、少し顔を赤くしながら総一郎に答えていた。

幾つになってもとても仲が良い夫婦である。



総一郎は、物心ついた時から、一度も祖母が怒った所を見た事がなかったし、祖父と喧嘩をしている所も見た事がなかった。

いつも優しく微笑んでいる姿しか印象がなかったのだ。


因みにお互い普段から祖父は《お琴さん》、祖母は《一介さん》と名前で呼ぶ位仲が良かったらしく、昔から近所でも有名なおしどり夫婦として名が通っていたらしい。


「ふ~ん、中にまだ何か入っているの?」

「ま~な、どれちょっと退きなさい、今から見せてやるから」

祖父はそう言うと、総一郎の横でそのタンスの一番上の引き出しを引き抜き、彼の目の前に置いた。


するとその中には……

きれいな純白の和紙に包まれた一着の美しい着物と、長さ約40cm程の少し古そうな巻物が一本入っていたのだった。


「これ何?もしかして宝の地図とか!」

「ハハハ♪違う違う!これは掛軸と言うものじゃ」

「カケジク?」

「ほら、これじゃ」

掛軸を知らない総一郎は、TVアニメの影響か、直ぐにそんな事を考えてしまっていたが、違うと言われ少し残念がっていた。

そんな態度の彼を見て、祖父は彼の目の前でその掛軸を開き、近くにある釘に紐を掛け、広げて見せた。


「じいちゃん…何か変だよ?ここだけ白くなってる!」

そうなのである…

その掛軸は竹林と鳥が描いてあるのだが、何故か中央だけ、スッポリと抜き取られたかの様に、人の形だけが白く浮かんでいるのであった。

「あ~それか……それはな……」


《目が覚めるとそこはJR博多駅だった》


『う~ん…もう着いたんだ…』

微睡(まどろ)みの中、時間の感覚が一時麻痺してしまった総一郎は、新幹線の車内アナウンスで現実に引き戻されていた。


『何だっけ…何か懐かしい夢を見たみたいだけど…』

総一郎は先程まで見ていた夢が何だったのかもう覚えていなかった。

取り急ぎ手荷物を抱え新幹線から降りると、そのまま地下鉄に乗り天神まで行ったのだった。

そこから特急西鉄天神大牟田行きに乗車した総一郎は、柳川駅まで行くとそのままタクシーを使い祖父の家まで向かうのであった。

新幹線の中で見た夢がどんなのだったのか気にしながら……
























































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